地龍の祈り
「――――して、其方とともに異世界へ放たれた魔剣はどうなった? 見たところ、其方が魔剣を有しているようには見えないが、しかして龍玉の臭いはしている」
視覚を失った地龍は、その他の感覚が鋭敏になっていた。その最たる知覚が嗅覚であり、鼻を鳴らしながらマリーから漂う龍種の血の臭いを感じ取っていた。
そもそも龍玉とは龍種の血塊である。元となる龍種の血が澄んでいるほど、龍玉が持つ神秘を増幅させる性質は高くなる。ましてやロンは純血の龍種である。そんなロンの血から生成された龍玉の性能は、理論上最高のものである。
そんな龍玉の臭いを嗅ぎ分けた地龍だが、同時にかつて覚えた純銀の臭いがないことを不思議に思っていた。
「そのことなんだけどね、私が元の世界の生活で「魔剣」とやらを見たことはないんだよ」
「何? ならば、其方を転生させるときに紛失したということか?」
「しかし地龍様、そのようなことが起こりえるのですか?」
「うむ……。儂もその手の事態は全く分からんのだが、無数に存在する異世界のどこかに紛失した可能性というのは
有り得ない話ではない」
転生の専門家がいない場所で、起こり得た可能性の話をしても埒は明かない。しかしユゥやガウロンたちは頭を突き合わせて悩まし気な唸り声を上げる。
「そのことなんだけど、私に心辺りがあるの」
だが、その答えはすでにマリーが有していた。
挙手をしたマリーに視線が集まった。地龍のみならず、マリーの背後に控える全員が耳を澄ませた。
「私は「元の世界では見なかった」けど、見たことがないわけじゃないの」
「心当たりがあるのか?」
マリーの発現に食い付いたのはドラグノートだった。長い鎌首をグイと近付けて、次の言葉を催促する。
「私の仲間に、多分その「魔剣」を持っている人がいるの」
「何だと? では、その者がマリーから魔剣を奪い取ったのか?」
「ううん。その人は過去に別の異世界に転生したことがある人なんだよ。話によると、その異世界で手に入れたものらしいよ。
なんでも、「異なる世界の魔剣」だとか。異世界の異世界は異世界だよ。うーん、ややこしいけど、多分この世界から飛ばされた魔剣のことじゃないかな?」
自ら話していて話が複雑化したマリーは、一つ一つ整理しながら丁寧に話を続ける。
話を聞く幻獣たちは、その聡明さを以って要点を理解した。無数に存在する異世界という点が、「マリー」と「魔剣」という縁で結ばれる。
「運命」としか形容しようのない出会いに驚きながらも、この場で収束した幸運を噛み締める。
「では、マリーから漂う龍玉の臭いは?」
「それは私どもヒッポカンパスから贈呈させていただいた龍玉です。私たちの「試練」を踏破したマリーに、恐れ多くも託させていただきました」
「成る程、では問題あるまい。マリーよ。其方の持つ龍玉、儂に預けてはくれないか?」
地龍の提案に、マリーは不思議そうな顔をした。地龍の控えめな提案に疑念を浮かべながら、視線をヒッポカンパスの長えあるスイスイへ泳がせた。
「ん? 私は問題ないよ。スイスイはどう?」
「私たちも問題はありません。龍玉は、元より地龍様より預けられたものです。それをお返しすることには何の問題もありません」
無論、スイスイが難色を示すはずがない。マリー・スイスイともども快諾すると、龍玉を地龍へと差し出した。
地龍は龍玉を握り締めると、それを額に近付けて祈りを込める。歴戦の老龍が念じるのは、理論値最高の龍玉に史上最高の加護を付与するイメージである。
「……地龍、さん…………?」
唐突な地龍の行動に、マリーは首を傾げた。マリーは地龍の行動の意味が分からずに、その祈りの行方を見守る。
だが――――。
「がっ……――――!」
地龍が口から血を吐いた。




