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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「絶界領域チョウラン」編
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再出発

「――――以上が、かつて起こった魔女絶滅の顛末である」


 昔日の悲壮と後悔を語り終えた地龍は、天頂を通りすぎた太陽を見上げた。光を失ったはずの知立の目には、微かに涙が流れるような光が見て取れる。

 壮絶な物語を聞き終えた幻獣たちは返す言葉を持ち合わせない。閉口したまま、当事者である地龍の気持ちを慮るのみである。そして何より、マリーの内心を想像するに、容易く励ますことはできなかった。


「…………」


 地龍の物語を聞き届けたマリーは終始口を閉ざして言葉を飲む。

 地龍がどういう意図を持ってマリーに魔女の顛末を言い渡したのか。なぜサリーという「最後の魔女」の歴史を語ったのか。

 マリーが持っていた疑念と推察は、時間をかけて「確信」を形作った。

 地龍は閉口するマリーに鼻先を向け、白く濁った瞳で真っ直ぐに見据えた。


「其方もすでに気が付いているだろう。我が最後の友、「サリー・ホーキンス」は其方の母親だ。マリー」

「…………」


 地龍の告白にマリーが返答することはなかった。

 マリーは口を真一文字に結んで俯き、その表情を読み取ることさえ難しい。しかしマリーの気持ちのベクトルが、マイナス方向に傾いていることは分かった。


「マリーよ。儂が其方にこの話をしたのは、何も母であるサリーについて知ってほしくてしたわけっじゃない」

「……?」


 地龍の語り掛けに、マリーは僅かに顔を上げて首を傾げる。見上げたマリーの顔に沈鬱さはなく、地龍の言わんとしていることを探ろうとする疑念があった。


「儂は「過去に挑んでもらう」と言ったな。儂はサリーの話をして、マリー自身の過去を知ってもらいたいのだ。

 我ら幻獣や人間(ヒューマン)は皆、「どこから来てどこへ行くのか」という命題とともに、生から死へ巡っている。其方に欠けていた「どこから来て」という物語を埋め、其方の生に命題を与えたかったのだ」

「私が私自身の過去を知る。それが、「過去に挑む」ってこと?」

「ただ知るだけではいけない。其方が、其方の過去にどのような意味を見出すのか。それに正しいも間違いもなく、儂はそれを知りたい」


 地龍の眼は光を失っているにも関わらず、射抜くような眼光を放った。その瞳が訴え掛けるのは、マリーが感じた忌憚なき本物の言葉である。

 マリーは地龍の威圧と眼光に気圧されながらも、己の本心を問い質す。今まで忌み嫌っていた母の真相を突き付けられ混乱する心を落ち着かせ、自らの過去を顧みる。そして現在と未来に目を向け、マリーの言葉が紡がれる。


「私は……、お母さんがどういう理由でいなかったのかずっと不満だった。どれだけ探しても、どれだけ願っても、これじゃあ届かないわけだよね。まさかお母さんが異世界の人で、もう死んでるなんて……、ずるいじゃん。文句も言えない……」

「マリー……。貴女は……」


 短い間だが、マリーの相棒を担ってきたユゥは言葉がなかった。今まで気丈と快活を表すようなポジティブガールの、影った顔に何と言えばいいか分からない。


「ずるい、よ……。こういう怒りも文句も、会えてよかったねって喜びも伝えられないなんて……。自分だけ「愛してる」なんて、ずるいよ……」


 俯いたマリーの声が震える。悔しさを噛み締めて歯を食い縛るマリーは、瞳に一杯の涙を溜め込んでいる。必死に涙を零すまいと堪え、つらつらと本心を吐露し始める。


「今の今までずっと会いたくて、それでも会えなくて。憎たらしくて妬ましくて、母親がうらやましくて……。でも、実際は世界すら違くて……。

 こんな感情、どうすればいいか、わかんないよ……」


 マリーは混濁した感情を吐露する。複雑な心象風景を表現する言葉は、とりとめのない言の葉はふらふらと宙に消える。


「それでも……」


 それでもマリーは本音を呟く。まとまりのない感情を、積年の寂寞とした鬱憤を晴らすように。その言葉がサリーに届かないとしても、口に出すことに意味があった。


「私だって、愛してる。ううん、愛したかった。だって、ずっと探していた母親(答え)なんだもの……」


 マリーは一滴だけ涙を零した。瞳に溜め込んだ涙の堰を切らして、たった一粒の涙が頬を伝った。

 本音と弱さと我が儘を垣間見せたマリーは、すぐに気持ちを切り替えた。袖でごしごしと瞳を擦り、溜め込んだ涙を拭い取った。

 そしていつもの明るい笑顔を浮かべ、赤く腫れた目で地龍を見上げる。


「私は私の過去に挑んだよ。私がどこから来て、どこへ向かうのか。私が来た道は、私1人だけの未知じゃないことも知っている。そこにいた人たちの歩みも知っている。そして新しい歩みも知った。

 その上で、私のやることは変わらない。お願い地龍さん、そして他の幻獣たちの力を貸してほしい。お母さんが守ろうとした世界と、そこに住む命を助けたい。

 それが私がこの世界に来た運命だと思うから。」


 明るさ一辺倒のマリーの顔に決意の炎が灯る。強く明るく、誰にも曇らせることのできない希望の光が、色を失った地龍の視界を照らし出す。


(サリーよ。其方の娘は、其方が思うよりもずっと強い娘だ。底なしに明るく人々を惹き付け前を向く。平和とは程遠い世界かもしれないが、その心に意志は継承されるのだな……。

 よく似ている)


「いいだろう。其方の決意、聞き届けた。「試練」に対する其方の回答、聞き届けた。其方を我ら幻獣の同胞として迎え入れ、その願いを聞き入れよう。儂の全身全霊を以って、この大地を取り返そうか」


 地龍は思い頭を持ち上げ天を仰いだ。白く濁った瞳の光に嘘偽りはなく、龍種としての魂と命を賭けた真実の言葉であった。

 そう、魂と命を賭けた誓いである――――。

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