愛している
かねてよりサリーが用意してきた道具が並べられる。身体の自由が利かないサリーが、自らの工場から命辛々運んできたのだ。
サリーの両腕は肩から崩れ落ち、辛うじて繋がっているだけ。その脚は膝から下に力は入らず、臀部など大きく凹んで空転する。
そんな状態のサリーが危険を承知してまで運んだ道具の数々は、サリーが研究を積み重ねてきた魔法を込めたものだ。
サリーが己の生涯をかけて極めようとした、でも極めることはできず、道半ばで落ちていく。
そんなサリーの生涯を凝縮した、サリーの最高傑作が運び込まれる。
「サリー。これは……?」
目の前に転がされたサリーの最高傑作に、地龍は状況を忘れて問い掛ける。サリーの魔道具はどこからどう見ても剣であり、見て取れる特徴と言えば「良い剣である」ということだけだ。魔道具の剣、「魔剣」とでもいうべきそれは、絢爛とした白銀を湛えながら、その一身で陽光を照り返している。そしてその柄には、燦然と輝く7つの宝玉がはめ込まれている。
紺碧の宝玉にはサリーによって施された祈りが秘められ、淀んだ色を払拭していた。碧い鮮やかさが1つとして欠けることなく、魔女の子を守るために役割を与えられているのだ。
地龍の素っ頓狂な問いかけに、サリーは苦しみに顔を歪めながら微々たる笑みを溢した。
「これは、私の最高、傑作……。私の研究、と、あなたの純血……。純血の龍種の、龍玉が持つ、神秘を増幅させる、能力。……それを組み合わせた、私の、子供を守る、世界最高のお守り……」
「儂と其方の力の合作、ということ……。して、その性能とは?」
「ふふ……。もちろん、折り紙つき。……これなら、この子に降り、かかる、呪いを、断ち切れる……」
サリーはボロボロになった腕を動かして親指を立てる。こともできず、思いのまま動かない腕をもぞもぞと動かして、動こうとする意思だけを示す。
サリーは今にも絶えそうな火を燃やして生の輝きを示す。最後の最期まで命のこだわる、異端な魔女の姿が地龍の眼に映る。
地龍は、それ以上の言葉が出なかった。
「――――……よかろう、サリー。其方の最後の願い、この儂が聞き届けよう!」
サリーの死に様に、サリーの生き様を見る。地龍は友の最期に立ち会う悲しみと空虚さに襲われながらも、誓いを立てて冠を上げる。不承不承ながらの承諾ではあるが、一度「やる」と言ったからには遂行するのが地龍である。
地龍の回答に、サリーが微笑んだ。本当に僅かな微笑だが、地龍にとってはそれだけで十分だった。
「この儂の血を以って、サリーの魔法の華を咲かせよう。龍種の純血は火炎に注がれる油が如く、その祈りを、願いを、遠き空へ届けよう!」
地龍は雄叫びとともに高らかに宣言を下した。そして己の腹を切り裂き、濁流のように鮮血を垂れ流した。どくどくと流れ落ちる龍の血の滝は、血に倒れ込むサリーを囲むように輪を描いた。
サリーに注がれた龍の純血が、その魔法を一層引き立たせる。サリーは命の散り際に、生涯最後の魔法を咲かせる。我が子を平和な場所へ、どこか遠い場所に送り届ける魔法は、世界を超える一世一代の奇跡を呼び起こす。
「あぁ……、ごめんね。私が、お母さん、なのに。名前も、付けて、上げられなく、て……。あなたは、できるだけ遅く、長く、こっちに来ない、で……。
ごめんね、ごめんね…………。
今、行くよ、皆……。もう、そっちに、行くからね、シトリ……。だから、もう少しだけ、待っていて。……私に、力を、奇跡を、貸して……」
途切れ行く意識の中、朧気な言葉を溢す。サリーの最期は咽び泣くではなく、ただ静かに涙を一滴だけ溢した。その一滴を最後に悲しみをかなぐり捨てる。後の生き様は、我が子に注ぐために費やすと決意した。
もっと長く、もっと一緒に。本来ならば共に過ごしていたであろう時間を、この刹那に凝縮させる。
あぁ、なんてもったいないことをしたんだろう。我が子の名前も顔も知らず、なのに「愛している」と言いたくて仕方がないのに、もう時間がないや――――。
「あ……、愛してる……。マ――――」
我が子にかける億千万の「愛している」を乗せて。
最後の魔女は瞳を閉じた。
龍種の純血をその身に浴びて、膨れ上がった腹部に生命の息吹は失われていた。最後の魔女の亡骸には、もう1つとして生命は宿っていない。
「うっ……、この、馬鹿者が……。あぁぁぁ――――!!」
地龍の慟哭が木霊する。悲観に暮れる地龍に、言葉をかける者はいない。悲痛な雄叫びは灰色の霊峰に木霊し、虚ろに消え入る。
最後の魔女の亡骸は、大魔女の呪いにより散り散りに霧散した――――。




