最後の魔女の子
魔女という種族は、魔法の高みを目指すためならばなんだってする。その高みはそれぞれの魔女が目指すものだ。誰かがとやかく口を挟むことはできない。
のだが、アイリーンという異端児においては例外であった。
アイリーンが目指した高みは「不老不死」である。生命を操作する魔法は、魔女の間では慎重に取り扱われてきた。そして、それを目指す手段においては数多くの禁忌が定められていた。
その最たる例が、人体実験である――――。
礎ですわ!
私の悲願を達成するために。
未来という光が起こす、現在という影に落ちてくださいまし!
アイリーンは何の前触れもなく同胞を手に懸けた。その手段は、アイリーン手製の「生命を分解する」魔法によるものであり、「殺す」というような生易しい最期ではなかった。
「あぁぁぁ―――――!」
「痛い、苦しい、熱い、痛い痛いイタイイタイイタイ――――!」
「たす、けて……。どうか、ワタシを、バラバラニ……、しない、デ――――!」
魔女たちの惨禍は無残なものだった。悲鳴が耳を切り裂く。声は音に変わり、虚空に消え去る。魔女の肉は空に解け、細切れにされた跡形は遺骨も遺灰も残さずに風に消える。
惨禍とも悲劇とも思える殺戮は、たった1人の大魔女によって達成された。かつてはその才能によって魔女の未来を変えるとまで噂されたアイリーンが、その手で魔女の歴史に幕を下ろした。
もちろん大魔女の毒牙は、もれなくサリーの身も降りかかる。アイリーンの「生命を分解する」という魔法は呪いであり、その身に降りかかれば何人なりとも逃れられない。
はずだったのだが……。
「……地龍……、さん…………」
その魔法の毒に蝕まれながらも、サリーはアイリーンが引き起こした大惨事から生き延びた。命は拾ったものの、その身体はもはや自由を失っている。四肢は思い通りに動かず視界もぼやける。サリーの頭には霧がかかり、思考が纏まらない。
ただ生物としての本能のままに、最も頼れる地龍の元を訪れたのだ。
「サリー? サリー!?
どうしたサリーよ。其方、身体が!?」
サリーのバラバラになりかけた身体を見て、地龍は涙を流した。事態の真相を把握するのはサリーから伝え聞いた後であり、アイリーンに対する強い怒りが沸き起こる。
「あの小娘が。魔女の泰平を、こともあろうか魔女が奪うなど言語道断! 幻獣たちの自治に介入など御法度であるが、今回ばかりは許されんぞ!」
「待って、地龍、さん。もう、アイリーンは、どこかに消えたの。
私がここに来たのは、お願いがある、の……」
今にも息絶えそうなサリーは、激昂する地龍を引き留める。
怒り狂う地龍ではあったが、友の最期の願いを叶えるべく溜飲を下げた。
「何だサリー。其方の願い、この地龍が必ず叶えてみせよう!」
「私の、子供を……。お腹の、中の……、子供、を……」
サリーがアイリーンの「生命を分解する」魔法を受け、すぐに絶命しなかった理由がそこにあった。
アイリーンの魔法には、作成した本人も知らない欠陥があった。それは、「生命を分解する魔法」ではなく、「一つの生命を分解する魔法」であるということだった。
当時妊娠していたサリーは、腹の中のこと魔法による影響を分散させあい、幾何かの余命を得た。といっても、その延長線は余命というほど長いものではなく、ほんの数時間だけの猶予である。
だからこそ、サリーは本能のままに動いた。己の命を投げ捨て、腹の子を救う。それこそ、魔女ではなく生物としての母性本能であった。
「私の、子供を。助けて……。どうか、遠い、遠い、ところへ……。争いも、諍いも、ない。普通の女の子として……、幸せに……」
当時の地龍には、サリーの願いを叶えるだけの力があった。
最後の魔女が残した、普通の女の子の子供は、魔女と地龍による世界最高峰の加護を受けて遥か遠い場所へ送り出されることとなる。




