魔女と地龍
地龍が語り出すは、現在より遡って200と余年前の出来事である。
幻獣ごとに縄張りが決められ、それぞれの種族が閉ざされた世界で平穏を得ている中で、「魔女」という幻獣も例に漏れずに平穏の最中にいた。
平和な生活の中で魔法の研鑽を重ねる魔女たちに、また1人新たな命が芽吹いた。新たな生を受けた魔女は「サリー」と名付けられ、魔女の歴史で「最後の魔女」と称せれる運命を背負う子であった。
生まれたての赤子は時間を重ねる。少女の時代を経たサリーは、やがて1人の立派な女性になる。
金髪金眼の美女になったサリーは、魔女たちの中でも一際際立つ美しさを有する女性になった。そして他の魔女と同様に魔法の研鑽を行い、サリーはとある魔法の才能を開花させていた。
「あらサリー。また石ころなんか拾ってきて、淑女のやることではなくてよ」
「言ってくれるね、シトリ。また宝石を頂戴なんて言われてもあげないよ」
「くれるのは、いつも魔法の付与には使えない小さいものばかりじゃないの。大きいものをくれるなら、今後「サリー様」って呼んであげてもよくてよ」
「私の研究テーマを知っていて言うのだから意地悪ね」
サリーは幼馴染の魔女、シトリと軽口を交わす。
サリーはポニーテールにまとめ上げた金髪をせっせと揺らして、拾い集めた鉱石を丁寧に磨く。すると鉱石の中からは色彩が現れる。
シトリはそれが宝石の原石であることを理解し、恨めしそうな目で見詰める。
サリーはシトリの視線を知りながら、その白い手で鉱石を磨き上げる。宝石に傷を付けぬように丁寧に磨くと、青藍の色艶が姿を現した。サリーは宝石を丸裸にすると、満足そうに微笑んだ。
「ねぇ、サリー。それ本当に実験に使うの? 今ならまだ別の用途に使えると思うのだけれど……」
「駄目だよ。この宝石には私の実験材料になってもらうの。もったいないとは言わせない……、よ!」
もったいないとぼやくシトリを尻目に、サリーは青藍の宝石を両手で包み込んだ。宝石に息を吹きかけるように顔を寄せ、音にならない声で魔法を唱える。
サリーの吐息と言の葉を身に受けた宝石は、不可思議な輝きを放つ。石のカットは光を乱反射させ、直視するに眩いほどの光を放った。その光は決して太陽光などの外的射光ではなく、宝石の内側から溢れ出るものだった。
しばらくすると、青藍の宝石の光は鎮まった。原因不明の光は跡形もなく消失し、宝石は何事もなく元の姿を取り戻す。まるで奇跡、もしくは夢のような出来事だったが、
「よっしゃぁぁぁ! 大・成・功だぁぁぁ!」
サリーは大歓喜の雄叫びを上げた。手を叩きガッツポーズを掲げて、金髪を振り解いて喜びを表現する。
幼馴染たるシトリはサリーの何度目かの狂喜乱舞に呆れ返り、同時に観念して拍手した。
「おめでとうサリー。また1つ魔法の研鑽を重ねたのね」
「そうよシトリ。見て見てこの宝石。ただの石だったのに、今や「魔法を蓄積する石」、言うなれば「魔石」だよ。
これを加工して、もっと使いやすいようにするの」
そういったサリーは、掲げた魔石を振り回す。すると魔石からは火の粉が飛び散り、あがて一つの火球を生み出した。
サリーは暴発した火球を手早く消火し、爛々と瞳を輝かせる。その胸には確かな手応えと充足感を覚えて小躍りする。
そう。サリーが研究する魔法とは、「物質に魔法を与える・蓄積する」魔法であった。魔女やエルフ、他の魔法を使う才能を持たない者でも魔法が使えるように。というサリーの悲願が、また一歩成就へ近付いたのだ。
サリーは悲願を達成させるために研鑽と研究を重ねる。魔法を誇りとする魔女にあるまじき研究だが、それをとがめる同胞はいない。誰が何の魔法を極めようと、魔法が高みを目指すことは魔女全体にとってのプラスなのだ。
魔女の中でも異質な魔女サリーの噂は、当時の知立の耳にも届いた。地龍はサリーと何度も面会し、交流を重ねる。
魔女と地龍の間には、年齢を超えた友情が育まれた。1人と1頭は互いを信じ心の内を打ち明ける。秘密も夢も全てを明かし、友情は時間を経ても朽ちることはない。
しかし、不変の関係性などこの世に皆無。諸行無常とはよく言ったもので、魔女という種族は崩壊の兆しを迎えた。
現在より、約170年前の出来事。魔女という種族は絶滅する――――。




