奇跡よ起これ
最強種の誇りとその身を以って「試練」であり続ける。その運命を背負い空を仰いだドラグノートは、金色の長髪を靡かせる少女を見据えた。少女は腹部から溢れる鮮血に端正な顔を歪めながらも、雄々しさを露わに吼えた。
ドラグノートは高鳴る鼓動に闘争心を自覚し、「敗けたくない」という感情を強く抱いた。これからも己の存在を最強の「試練」として証明するために、ドラグノートは赤雷を纏う。金毛の少女に突き立てた龍爪から伝道し、迸る「神成」は勝利を決定付ける要素足り得た。
はずだった――――。
「マリー!」
勝利を確信したドラグノートの耳に、荒々しい暴風の風切り音が届いた。その息吹は明確な意志と言葉を紡ぎ、ドラグノートの胸部に鋭利な痛みを走らせた。
風と成り渓谷を駆け巡るユゥは、その一角を実体化させてドラグノートに突き立てる。最高速を乗せたユゥの一角は山岳を貫くことは立証済である。山岳を貫通させる超弩の一撃がドラグノートの肉体に歯が立たないわけがない。
ユゥの最大最高の攻撃はドラグノートの「神成」を攫った。一擲の槍、もしくは矢にも見える一角獣は全身に赤雷を受けながらも、仲間を墜とす必殺の作戦を崩壊させた。
マリーに差し向ける雷電の全てを失ったドラグノートに、肉薄したマリーを撃ち落とす業は残されていなかった。
あらかじめマリーを撃墜する権能はミチーナによって阻害され、飛翔する体躯もドエーによって掴まれ空に固定される。最後の砦たる「神成」も、ユゥによる捨て身の放電によって威力は皆無になる。そもそも、マリーの接近を許したのはガウロンによる身を呈した肉壁こそが要因であった。
マリー1人では決して辿り着くことのできない道のりを、マリー1人では決して勝てぬ強敵を、仲間という最大の武器によって突破する。「試練」とは持てる全てを賭して挑むものであり、マリーは「試練」の不文律に則り、最強種に到達した。
「喰らえぇぇぇ!」
「行け!」
「決めてください!」
「いざ、ドラグノートに」
「大きな一撃を!」
誇り高き幻獣たちが声を揃えた。その身を呈して運んだ少女は雄叫びを上げた。個々では決して届かぬ最強種に届く。
勝利の歓喜ではなく、充足した達成感が一同を包み込――――。
「雄々々々ぉぉぉoooOOO!
まだ「試練」は終わっておらん。我が身を乗り越えた者こそ、我が屍の上で謳歌するものが勝利である!」
ドラグノートは誇りを叫ぶ。最強を背負い生を受けた日から敗北を知らず、勝利の美酒に浸かり続けてきた。故にドラグノートのアイデンティティとは「勝つこと」であり、それが日常である。
最強であり続けた者は、「己を超えた者こそ、真の最強」であると叫ぶ。
傲慢とも思われる言葉も、ドラグノートの居姿と生き様と、最後の足掻きによって疑うことのない真実に置き換わる。
ドラグノートは最後まで生と勝利に執着し、残った体力と振り絞った底力と、魂と命を燃やして赤雷を放った。
ユゥによって攫われた威力と比べれば、遠く届かない電圧である。龍角と身体を引き絞った先で放つ「神成」は、ただマリーに敗けぬという意思の表れであった。
「っ――――!?」
大戦斧を掲げて振り下ろす。そんな簡単で単純な動作でさえ最難関の相手の、さらに最後の悪あがきにマリーは驚嘆する。今までの悠然としたドラグノートの姿勢からは想像もつかない、生物として当然の執着であった。
マリーの腹を貫く龍爪から、最後の赤雷が迸った。重ね重ね述べるが、魔女といってもマリーの身体は一般的な少女である。マリーの身体に赤雷が走ってしまえば、その華奢な身体は無残に黒く焼き尽くされてしまうだろう。
そして、マリーにそれを防ぐ術はなかった。
仲間の幻獣たちは力の全てを出し尽くし祈りを捧げている。誰もが全身全霊を絞り出し、駆け出す余力は残っていない。
マリー本人にも、「神成」を回避することは不可能だ。魔法と身体能力の全てを大戦斧の操作に割き、その全身には加護の1つもありはしない。
つまり、マリーを守るものは何一つとしてありはしなかった。
宙を急降下するマリーの全身に、赤雷の煌きが迸る。四肢を覆う雷撃が人の身を焼き尽くさんと唸るとき、マリーは一つのイメージを湛えていた。
もし魔剣が、ミッチーがいたら――――。
そして想像は原動力となり魔法となり、奇跡を起こす。




