積み上げてきた絆
「ああぁぁぁ!!」
「噴っ……nnnNNNRAaaa!!」
マリーは後には退けない。飛行に割く魔法リソースさえ身体強化に当てて、両腕で持ち上げた大戦斧の操作に力を割いていた。
ドラグノートはマリーが全身全霊を大戦斧に注いでいることを理解している。マリーが他の可能性を捨てたことに敬意を払い、知と力を賭けて迎撃を試みる。ドラグノートが持つ権能と身体能力、いわゆる全力と可能性の全てでシミュレーションを行い、その中の最善手を選択した。
その一手こそが、紅蓮の業火だった。今までの数を打ち、針の穴を通すような精細さを求める攻撃ではない。視界に写る全てを焼却し零に帰す、正真正銘の絶滅と回帰の猛炎だ。当たれば生存は不可能、当たらずとも骨肉がとろけてしまう高熱だ。
「――――させない!」
ドラグノートが熱線を放とうとした矢先、その龍角に光の鏃が衝突した。たった一擲だけなら揺らがぬ強大さも、百に上る乱打と戦闘で蓄積したダメージがドラグノートの巨躯を突き動かした。
揺らいだドラグノートの龍角は、湛えた熱量の奔流を乱し放熱にタイムラグを生じさせた。同時にマリーに定めた照準は大きく逸れ、再度狙いを定める手間も合わさり時間的猶予が生じる。
マリーを救う追撃は、渓谷の岩盤に沈んでいたミチーナによって放たれていた。翼を負傷したミチーナであったが、飛翔に割く力を攻撃に回して最大限の助力を行う。
「Guuuu……、GaaAAA!!」
ドラグノートは諦めの悪いミチーナを恨めし気に睨み付けるが、留めを刺すことは行わない。ミチーナに時間を割くこと自体がマリーに好機を与えることであり、ドラグノートの敗北に直結するからだ。
ドラグノートは再び戦況を再考し、最善手を導き出す。結果、ミチーナの攻撃を甘んじて耐え凌ぎ、その上でマリーを捻じ伏せることを選択する。その頭を雄々しく持ち上げ、業火を捨てて体躯の突進を選択した。
大翼を広げたドラグノートはただ上方のみを見据えて、大口を開いて牙を剥き出しにする。出鱈目な揚力で巨体を持ち上げ、大戦斧ごとマリーを噛み千切らんと飛翔する――――。
「――――!?」
――――も、その巨体が上昇気流の如き急上昇を見せることはなかった。威勢よく吼え猛ったドラグノートの身体は、空中で引っ張られたように制止する。
自身の身体に起こった異変に気が付くのは、もちろんドラグノート本人である。ドラグノートは何かに鷲掴みにされた己の尾を見下ろし、一矢報いるドエーに荒々しく牙を剥く。
「貴様、腕が……!?」
そう。ドラグノートの驚嘆は誇張ではなく、言葉に偽りはない。ドラグノートの尾を掴んだのは、凍結し砕け散ったはずのドエーの腕であったのだ。
「ごめんねドラグノート。けど僕の権能を見破れなかった君の過失だからね。これは僕の奥の手だよ!」
したり顔で叫んだドエーは、その怪力にものを言わせて掴んだドラグノートを引っ張った。
ドラグノートとてただでは力負けしないと抵抗の羽撃きをする。
ドエーとドラグノートの力量は拮抗して互いに優勢を譲らない。だが、ドエーにとっては足止めをするだけで十分だった。
「巨人の。貴様の権能は「再生能力」か!?」
「そうだとも。もう一度、僕を凍らせてみるかい? それとも今度は燃やしてみるかい? やってみるといいさ。僕はどんな致命傷だって、何度でも再生させてみせよう!」
権能を看破されてもなお、ドエーは余裕の表情は崩さない。
一方のドラグノートは歯痒そうに奥歯を噛み締める。その聡明な頭脳はすでに過去の失態を忘れ去り、現状の分析とそこから考えられる未来予想に思考力を割いていた。そしてドラグノートはドエーの虚言を看破した。
(権能とは究極の修練のようなもの。それが「どんな致命傷でも再生できる」などと万能なはずはない。「何度でも再生が可能」ならば、もっと特攻して先陣を切り開くことが最善手。
何より、凍り付いていた時間を考慮すると、偽りと見抜くことは容易。
この巨人は大した敵ではない……!)
ドラグノートは相手取る敵を選別すると、真っ先にドエーを選択肢から外した。そして視点をマリーに集め、依然最優先事項として捉えた。
「UUuuuOhhh!」
ドラグノートはドエーに引っ張られながらも、上に目掛けて腕を伸ばす。揚力と筋力で反撃を講ずる。伸ばした腕で凶爪を尖らせ、マリーの華奢な身体に突き立てた。
しかしマリーとて退くことはできない。自由落下に身を任せ大戦斧で狂喜乱舞。飛翔する技術も筋力も大きく劣るマリーには、全身全霊でぶつかる以外に勝つ方法がないのだ。
遂にマリーとドラグノートの刃が交わる。マリーはいくつもの迎撃策を仲間によって救われ、道を切り開いた。その果てに、ドラグノートの凶爪を腹に受けた。
「ぐっ……、あぁぁぁ!」
マリーは腹部から迸る激痛に奥歯を噛み締めながらも、最後の一撃に魂と命を賭けた。腹から噴き出た己の鮮血に嘔吐感に見舞われながらも、マリーは後には退かない。腕に一層の力を込めて振り下ろす。
マリーに迎撃の一撃を喰らわせたドラグノートだが、その反撃は完了していない。マリーに突き立てた爪から迸るのは、赤い雷である。「神成」と称される赤雷はドラグノートの身体から伝道し、マリーの四肢に走り抜ける。その雷電がマリーを襲い黒焦げにしたとき、ドラグノートは勝利を手にするのだ。
「雄々々々――――!」
ドラグノートが最後の権能を発動する。マリーに止めを刺し、己の強さを立証する。最強種であり続ける運命を背負ったドラグノートは、アイデンティティの証明のために「試練」を課し続ける――――。




