山割る一閃
マリーたちを見上げていたドラグノートの動きが止まる。それは権能を使用するための溜めではなく、想定外の事態に困惑した故の硬直であった。
マリーたちの特攻の裏に見え隠れした意図が垣間見えた気がした。
マリーが己への負荷を自覚しながら大技を連発し、危険を覚悟してユゥに突撃させた。そこに感じた違和に思考を巡らせて真意を探る。
(この状況、意図的に仕組まれたものか? では一体いつから。まさか、最初から? 否、そんな素振りはなく、戦い方や要の魔女の娘の様子から考えても、仲間に犠牲を強いるような戦法は考え難い。
ならば、途中からこの作戦に切り替えた? だとすれば、あの娘、中々の策士)
ドラグノートの思考刹那の内に完了した。マリーが組み立てた戦況を分析し、次にその打開策を練る。意図的に見上げることを仕向けられていたのなら、次に警戒すべきは己の足元たる下方だ。
そこに「何」があり「誰」がいたのか。逡巡するまでもなく答えが弾き出され、ドラグノートは脊髄反射で行動に移る。
「本命はドエーか!?」
ドラグノートの行動とほぼ同時に、大地に立つドエーが行動を起こす。
「ふんっ――――!」
ドエーは鼻息を荒くして白く凍て付いた自らの両腕を、自らの意思と腕力で粉砕してみせた。両腕とともに凍り付いていた大戦斧は自由落下し高度を下げると、ドエーは開いた大口で柄に噛み付いてキャッチする。
ドエーは落ちる大戦斧に逆らうことなく、膝と腰のバネを柔軟に扱う。ドエーは、凍て付いた腕を砕き捨て、顎と全身のバネで大戦斧を放り投げた。歯茎から濁流のように流れる鮮血はまるで滝のよう。ドエーの捨て身の一撃は、呼吸を合わせたマリーの囮作戦によってがら空きになったドラグノートを狙い定めていた。
のだが、大戦斧はドラグノートの紅蓮の甲殻を掠めるに終わる。空を切った大戦斧は打ち上げられ、弧を描いて虚しく風を切る。
ドラグノートは一撃必殺の大戦斧に冷汗を流しながら、冴え渡る己の危機管理能力に満足そうな笑みを浮かべた。
「これが噂に聞く、選ばれ死巨人にのみ扱える大戦斧か。これは確かに脅威だが、所詮は使われる武具よ。その刃は決して我に当たらぬと思え!」
ドラグノートは次に足元のドエーに瞳を向け、強大な敵に手向けの業火を湛える。紅蓮の龍角を振り上げ、超高熱を蓄えたそのとき――――、
「ユゥ!」
マリーの高らかな号令が鳴り響いた。マリーが相棒の名を叫ぶと、返事は風に消える。
ドラグノートは背筋に走る感覚に身を任せ、放熱を中断する。双角を振り上げた勢いのまま天を仰ぎ見ると、頬を撫でる疾風が蜷局を巻いて渓谷を支配していた。
ドラグノートの住処である渓谷には、誇り高い一角獣の風が支配権を握っている。天へ巻き上がる風の渦は何かを狙い定め、意図的な軌道を描いてドラグノートの危機感を煽る。
「なっ――――!」
空を仰ぎ見たドラグノートは驚嘆の声を漏らした。それは純朴な驚きの感情であり、目の当たりにした光景に息を飲んだ。
巻き上がる風は弧を描いた大戦斧を持ち上げ、暗雲の隙間から顔を覗かせた陽光に刃を煌かせた。その傍らには、ユゥから離れ自立飛行するマリーが身体を目一杯に広げていた。
「さぁマリー! 思い切り、ぶちかましてください!」
風に成ったユゥが叫んだ。喉の奥からドスの効いた叫び声はマリーを焚き付け、その両腕に火事場の馬鹿力を宿らせて大戦斧を鷲掴みにする。
マリーは精一杯の身体強化の魔法を起動させ、足場に捉われない縦横無尽の縦回転で大戦斧を振り回す。
「うおぉぉぉ――――!」
マリーはドエーからのパスを受け取り、ドラグノートを目掛けて一直線に急降下する。全ての可能性を大戦斧の一撃に絞り、他の選択肢をかなぐり捨てる。もうマリーには他の魔法による追撃や回避の選択肢はない。ドラグノートによる撃墜を防ぐ術は、仲間に託した。
マリーは不慣れな力仕事に身を投じ、甲高い雄叫びを上げて腕を引き絞る。
「最後の攻撃というやつか……。いいだろう、受けて立つ!」
マリーの捨て身の攻撃に、ドラグノートも奮い立つ。雄々しさを叫んで翼を広げ、紅蓮の龍角に業火を湛える。そして放たれる業火は威勢溢れる噴火のように。否、太陽フレアに匹敵する埒外の熱量を孕んでいた。




