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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「絶界領域チョウラン」編
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蹂躙する紅蓮 2

 ドラグノートの尾に撃たれたミチーナは、一撃の衝撃もさることながら渓谷に叩き付けられる。渓谷の岩盤深くに穿たれたミチーナは、絶命には至らずとも復帰困難なダメージを負った。

 ミチーナを無効化したドラグノートは、これに満足することなく追撃を再開する。再び大翼を羽撃かせて空気を震撼させ、攻勢を弱めることなく業火を放つ。


「噴っ!」

「させるか!」


 ガウロンがドラグノートとマリーの間に割って入った。険しい顔のガウロンに、過去の敗北による遺恨の色はない。ガウロンは過去の惨敗の記憶を忘れるほどに、目の前の戦いに熱中しているのだ。

 ガウロンは慣れた様子で業火を鎮火させる。そして体格差のあるドラグノートを正面から見据え、間に大気の層を生成してドラグノートの行く手を阻んだ。

 ガウロンとドラグノートの間に生まれた不可視の大気の壁は、まさに「柔よく剛を制す」の言葉の通りだった。力任せでは決して打ち破れぬ、そんな壁にドラグノートは頭から突っ込んだ。


「どうだドラグノートよ。我権能の味をとくと味わうがいい!」

「ふむ、中々やるではないかグリフォンの。しかし、その程度か!?」


 ドラグノートは呵々と笑う。

 不敵にも映るその大笑は、ガウロンの危機感を逆撫でする。野生の勘が働いたガウロンは急ぎで後退し、追加の大気の壁を生成する。何層にも重なった大気の壁は、もはや物理的威力で破壊できるものではない。これこそガウロンが持ちうる最大の砦である。


「貴様の攻撃がどれほど強力であろうと、今の我には届かぬ。貴様は覚えておらぬだろうが、昔の我とは違うのだ!」


 ガウロンは絶対的な自信を持ち、今度こそドラグノートに勝利宣言を上げた。


「…………ふっ」


 ガウロンの勝利宣言を前に、ドラグノートはなおも不敵に微笑む。以前戦ったガウロンの記憶を呼び起こしたからではない。この程度の防御で勝ち誇った姿を浅ましく感じたからだ。


 ――――それは侮蔑にも似た眼差しだった。


 ガウロンの全身に鳥肌が迸った。闘志でも怒りでもない、膨大な恐怖がガウロンの身を包み込む。


「貴様――――!」


 ガウロンが言葉を発するよりも早く、周囲の空気が膨張する。紅蓮の龍角が呼び起こした高熱が空間を熱し、次の瞬間には急速に冷凍する。刹那の内に膨張・凝縮した空気はガウロンの権能の支配下を離れ、自然界の法則に従い乱気流を引き起こして空間を掻き乱した。

 ガウロンが苦悶の声も戸惑いの息を溢す間もなく、ドラグノートの鋭利な牙が光を放った。ドラグノートが開いた大口はガウロンに迫り、凶牙が鷲獅子の身体を捕え噛み付く。


「あぐっ!?

 くぅ、まだ負けぬぞ……!」


 虚を突かれたガウロンとて、呆気なく噛み砕かれるような失態はしない。大気の壁は展開できずとも、全身に大気の鎧を纏って牙が身体に食い込むことを防いだ。しかしドラグノートの顎に捕らえられたのは変えようのない事実であり、このままではガウロンが噛み千切られる。


「ぐぅぅ……――――」


 ドラグノートの顎の力は常在の獣の比ではない。伊達に最強種を名乗っていないドラゴンの頂点は、鉄の城砦すら容易く粉砕する。

 ガウロンが纏う大気の鎧は物理的な攻撃に対する強度は高い。ドラグノートは自慢の顎で、ガウロンを磨り潰すように咀嚼する。

 ガウロンの纏った鎧は次第に擦り減っていく。その耐久力はみるみるうちに摩耗していき、遂にガウロンの筋骨に牙が食い込む。


「がはっ――――!」


 凶牙を骨身に受け、ガウロンは遂に血を吐いた。空中で舞い上がる鮮血は風に攫われ、ガウロンの苦悶ごと掻き消される。

 ドラグノートはジリジリと噛み潰し、その牙を進ませる。あと少し力を加えるだけで、この勇猛で愚かな鷲獅子はミンチになるだろう。ミチーナに続いて勝利を確信するも、ドラグノートに喜びはなく慢心もない。敵将であるマリーを仕留めるまで、その魂が揺らぐことはない。


「――――ガウロンは、殺させないよ!」


 苦しみ悶えるガウロンを救うべく、マリーが突貫を仕掛けた。ユゥの背に騎乗するマリーは杖を振りかざし、渾身の魔法で迎撃を仕掛けた。

 ドラグノートに油断はなかった。だが、意識が口元のガウロンに向かっていたため、直上から迫る奇襲への反応が僅かに遅れた。


「っ!?」


 ドラグノートを襲ったのは、暗雲のない天から降り注ぐ青雷だった。自然災害の一種ではない、人為的な落雷は明確な異能。それを放ったのは、紛れもないマリーという魔女の少女であった。

 マリーが落雷の魔法を選択したのは、マリーが間近で視認した中で最大級の攻撃の一種であったからだ。マリーが得意とする超高熱と大爆発を繰り返す光球の魔法では、炎熱を操るドラグノートには及ばない。ならばと選択した雷は、バルバボッサの権能を見立てて撃ち出したものである。

 グランツアイクでバルバボッサが見せた雷を、マリーは特等席で目の当たりにした。バルバボッサの暴風に巻き上げられ見下ろした、降り注ぐ数多の落雷にマリーは圧倒される。その圧倒的な轟音と鮮明な青雷は、今もマリーの脳裏に焼き付いている。故に、マリーはこの攻撃こそがドラグノートを撃墜するに相応しい攻撃であると判断した。

 が、ことドラグノートを相手に雷は悪手であった。最悪手と言っても過言ではない。


「――――ふ、ふはは! 我に雷とは、恐れを知らぬか我を知らぬか。それとも本物の「神成(かみなり)」を知らぬか!」


 全身を包み込ん青雷を振り払うように、ドラグノートは吼え叫んだ。轡に加えたガウロンを手玉に放り、その紅蓮の肉体を弓なりに反らして威風を示す。

 その体躯から漏れ出たドラグノート本人の権能は、「神成」と自称する赤雷であった――――。

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