氷炎の支配者
ドラグノートの業火を封じたと思えば、今度は絶対零度の光線を吐き出した。紅蓮の龍角はその色を湛えたまま、1000度近い温度差を巧みに操る。
ドラグノートの持つ権能は「業火を操る」ものではない。「超高温から超低温までを操作する」というものである。それも龍角に携えた権能がそれであり、ドラグノート本人も異なる権能を有しているのだ。権能は1個体につき1つなどという制約はない。修練に修練を重ね、鍛錬に鍛錬を極める。そうすることで1個体につき2つ以上を有することも十分に可能である。
差し迫る絶対零度の光線は、周囲の水分を凍結させる。氷は棘を生み針山となり、鋭利な槍となって苛烈な攻撃となる。
「みんな、避けて!」
ドラグノートの放った絶対零度の光線を、マリーたちは紙一重のところで回避した。密集して身を寄せ合っていたガウロンたちも、翼を器用に羽撃かせて回避した。
咄嗟の追撃も辛うじて回避して体勢を整えるが、超高温の業火と絶対零度の光線に驚きを隠せない。どちらか一つをとっても当たれば必殺だというのに、その両方を警戒しなければならなくなった。マリーたちがより劣勢に追い込まれたことに違いはない。
「ちょっとガウロン。あんたの話にはこんな攻撃なかったけど?」
「喧しい。我とて初見の攻撃だ。以前は有していなかった権能か、使うまでなかったのか。どちらにせよ、奴の底はまだ見えていないと思え」
「了解したよ!」
マリーたちは空中で呼吸を整えた。ユゥの背中でマリーは周囲を見回し、眼前のドラグノートを見据えて息巻いた。
「みんなで固まって動くよ。炎はガウロンが牽制、氷は私が何とかする。ミチーナは引き続き遊撃、ドエーはチャンスを見計らって攻めて!」
「分かったよ!」
再び作戦を固めた一同は攻勢の意思を固める。マリーの号令を受けて、ドエーを先頭に攻め立てる。
「うおぉぉぉ!」
ドエーは大戦斧を掲げて突進する。ドエーは巨躯に見合わない走力を見せる。巨大な身体は一見鈍足にも思えるが、その脚には巨体を支えるだけの筋肉が秘められている。通常、人間の脚力は腕力の3倍であると追われる。その理は幻獣である巨人とて同じであり、その巨体で跳んで走ってを繰り返してきた健脚から生み出される速度は愚鈍からは最も遠い。
疾走するドエーは、ドラグノートを大戦斧の射程範囲に収めた。掲げた斧の刃を振り下ろすだけの動作でドラグノートの首を刎ねることができる。しかし、このドラグノートとの近距離は、この世に存在する最凶の危険地帯である。
「噴っ!」
近距離でドエーを見据えたドラグノートは、鼻息を荒らげて業火を放つ。もはや初動の溜めはなく、息を吐くように超高温の業火が飛び出る。
「させぬわ!」
火炎放射に高速の反応を見せたガウロンは、権能を以って大気を操作する。ドラグノートが燃やした周囲の空気を圧縮して瞬時に真空状態を作り出した。酸素を失った業火は燃焼を止め、ドエーの鼻先で潰えた。
「破っ!」
すかさずドラグノートが次手を打つ。紅蓮の龍角を振って周囲の温度を急速冷凍すると、一筋の光線を大仰に開いた口から発射する。
近距離で放たれた絶対零度の光線は、真っ直ぐにドエーへと向かう。もはや避けるは困難、防ぐも必殺の光線に対して、ドエーは無謀にも突撃する。
「させないよ!」
攻める姿勢を崩さないドエーを、マリーが後方から支援した。マリーは高速の光球を射出し、ドラグノートの光線にぶつける。光球は衝突の瞬間に赤熱と爆炎を撒き散らし、超低温の攻撃を相殺してみせた。
これにて、ドエーを迎え撃つドラグノートの迎撃の種は尽きた。業火も絶対零度も完封した今、懐に飛び込んでしまえばドエーに分がある。
「せいやぁ――――!」
ドエーが振りかざした大戦斧を振り下ろす。頭上に構えられた大戦斧を、垂直に振り下ろすだけの簡単な攻撃。巨人の圧倒的な腕力にものを言わせた単純な攻撃故に、防ぐことは困難なのだが、
「……ぬっ!?」
巨人の大戦斧が動かない。確かにドエーの手に握られているはずの大戦斧は、空間に打ち付けられたように頑として動かなかった。
己の手の行方を見上げたドエーは、驚愕の事実を目の当たりにする。大戦斧を握り締めたドエーの両腕は、肩から大戦斧に至るまでを真っ白に凍結されていた。雪原と見間違うほど真っ白に、漂白されたかのように真っ白に、一切の痛みを感じる暇もなく凍て付き硬直してしまっている。
「貴様の勇気は賞賛に値するが、その蛮勇万死に値する。せめてもの賛辞として、痛みなくころしてやろう」
「っ!?」
現在のドエーは、ドラグノートの至近距離で両腕を上げた状態でいる。つまり腹を丸出しにしているのだ。「攻撃してください」と言っているようなものである。ドラグノートにかかれば、権能を使わずとも致命傷を与えることは容易い。
グググ――――。
ドラグノートが腕を引く。鋭利な爪を矛先に見立てると、その怪腕は一本の槍である。ドエーの胸を貫くだけで、心臓を抉り取ることが可能である。
(来る――――!?)
無防備なドエーの胸に、ドラグノートの怪腕が突き立てられた。
刹那、ドエーの身体が跳ね上がる。するとドラグノートの身体も同時に跳ね上がり、肉薄した怪腕が弾かれた。
「さぁ、今だよミチーナ!」
攻撃を受ける刹那で、ドエーは動く脚で大地を蹴ったのだ。巨人の脚力は腕力の3倍だ。その脚力を駆使して飛び上がり、膝蹴りをドラグノートにお見舞いしたのである。
巨人の蹴りをもろに受けたドラグノートは狼狽した。百戦錬磨の最強種とて、その身体に無敵の鎧を纏っているわけでもなければ、痛覚がないわけでもない。痛いものは痛いし、衝撃を受け流すために引き下がることだってする。
ドラグノートが見せた間隙に、空中でタイミングを見計らっていたミチーナが追撃を合わせた。
ミチーナは純白の翼を羽撃かせ、黄金色の鬣を震わせた。その肉体から溢れ出た光は刺々しい矢の驟雨ちなり、ドラグノート目掛けて天から降り注ぐ。
ドエーからミチーナに渡された連撃のバトンに無駄はない。流れるような連携に思考する時間はなく、これ以上ない追撃であった。
「巨人にペガサス、グリフォンにユニコーン。そして魔女の娘よ。さらに我を奮い立たせるか!」
ドラグノートは光の雨を睨み付け慟哭した。瞳の奥の炎は依然燃え上がり、遂に大翼を広げて大気を震撼させた。暴風を巻き起こし大地を捲り上げ、そしてドラゴンの巨体が浮遊する。その浮遊は次の瞬間には、飛翔へ変わった。
ドラグノートは遂に飛んだ。否、遂に動いた。
マリーたちとの攻防において、ドラグノートは一歩たりとも動いていなかったのだ。ドエーの蹴りが功を奏して一撃を喰らわせたが、それ以外は不動の攻防であった。
そんなドラグノートが、遂に能動的に動き出した。10メートルにも及ぶ全長を存分に操り、その存在感で空を支配する。
ドラグノートはようやく片手間での交戦を止め、本格的な戦闘を始めようとしているのだ――――。




