最強種
幻獣が跋扈するチョウランにおいて、ひいては権能を操る領主たちを含めたフロンティア大陸の全生命体の中においても、「ドラゴン」という種族は群を抜いて強者を定められた存在だ。
純血の龍種と並び、純血のドラゴンは「最強種」と称される。
生命の中で最強であることを定められたドラゴンの、その長たるドラグノートを相手に、マリーたちは攻めるしか勝機はない。
「行くよ皆。万全を期して慎重に、かつ大胆に攻めるよ!」
「はい!」
「うむ」
「えぇ」
「うん!」
マリーの合図で、従えられた幻獣たちは先手を打った。
ユゥはその身を奮い風と成り、一角を矛と成って襲い掛かる。
ガウロンは勇猛な四肢と広大な翼で疾走する。鋭利な牙と爪を光らせ、万感の思いを込めて昔日の敗走を晴らさんと駆ける。
ミチーナは純白の体躯と翼を広げ、嘶きを上げて光を放つ。長い睫毛と爛々と輝く瞳から、比喩ではない眼光を矢として放つ。一条の光は鋭利な矢となり、大きな的であるドラグノートを狙い撃つ。
ドエーは拵えた大戦斧を持ち上げ吼え猛る。巨人の中の巨人にのみ使用が許された大戦斧が、その脅威を放つときが来たのだ。怪腕より繰り出される大戦斧の一振りは、たとえ最強種のドラグノートといえど輪切りにしてしまうだろう。
マリーは頼れる仲間たちの攻撃を見送ると同時に魔法を放つ。マリーの十八番である光球の数々が散弾の雨となり、憮然と待ち構えるドラグノートに襲い掛かる。
マリー1人では取るに足らない攻撃だとしても、他4頭の幻獣の攻撃が重なると大きな潮流となる。この猛攻は最強種であるドラゴンの、その筆頭であるドラグノートでさえ迎撃を講じる必要が生じた。
「噴っ!」
ドラグノートは翼を広げ、荒い鼻息を息巻いた。額に生え揃う紅蓮の龍角は、一層の赤光を纏って灼熱を放つ。
見覚えがあるとするならば、竜人のテンバーが持つ橙色の龍角だ。しかしドラグノートの龍角はテンバーのものとは大きく異なり、一対の紅蓮のものである。
煌々と瞬く灼熱のオーラは火炎となり、一切を溶解する業火を生んだ。その間、僅か0.2秒。マリーたちの瞬きにも満たない時間で、ドラグノートは全ての攻撃を振り払った。
「うっ! 皆下がって!」
マリーの的確な判断と指示により、ユゥを始めとした一同は反転した。風に成ったユゥでさえ、ドラグノートの業火はやり過ごせないと判断して撤退した。
これが、マリーたちが攻勢に出た理由だった。万が一守りに徹したとしても、ドラグノートの暴虐の前に潰されてしまうだろう。
その証明と言わんばかりに、ドラグノートの放った業火は渓谷を焼き払った。その炎が通った後には、一切の岩盤が溶解していた。他に引火することもなく、ただひたすらに通った痕の一切が燃え溶け失われる。純然たる火力においても、神秘を孕んだ能力においても万物を超越している証拠だ。
「これじゃ、掠ることすら命取りだね」
「ひとまず役割を分担しましょう。マリーは私に乗って攻撃に集中してください」
「ならば我はドエーのカバーをしよう。どうせのろまの巨人だ。攻撃に集中させた方が効果的だろう」
「そうだね。守りはガウロンに任せるよ。僕が攻める」
「なら、うちは遊撃をしましょか。それでいいね?」
「何も言うことなし。各自任せたよ!」
マリーは有能な幻獣たちのおかげにより、指揮を執る必要がなかった。賢く戦い慣れた幻獣たちは散会し、それぞれがドラグノートに対する戦意を絶やすことなく疾走する。
龍角より業火を放ったドラグノートも、ようやく興が乗ってきた。暖まりつつあるエンジンをフル回転させて、その攻勢を強める。
「噴っ!」
ドラグノートは再び業火を放った。今度の業火はそれぞれ逃げ惑う幻獣たちに狙い定められており、業火そのものが意思を持つようにうねり追跡する。蛇というより東洋龍のようにうねる業火は天に軌跡を描いて、逃走を許すことなく追い縋る。
「くっ。当たれば焼失の炎だと言うのに、絶え間なく追いかけて来るのですか!?」
マリーを背に乗せたユゥは、逃走の最中後ろを振り向いて愚痴を溢す。だからと言って業火が消え去ることもなく、終わりのない追走に新たな業火が参戦してしまった。
合計4本の業火の線が、それぞれの幻獣を追いかける。それは空を飛ぼうが地を這いつくばろうが、仕留めるまで攻撃は終わらない。
「こちらへ来い。我が何とかしてやろう!」
「分かった。ユゥ、ガウロンの方へ!」
「承知しました」
マリーたちはガウロンの言葉を信じ、空中で180度の旋回をした。天を舞うミチーナも反転し、ガウロンの元へ駆ける。
ガウロンは仲間たちが権能の射程内に入ったことを確認すると、一思いに権能を発動する。
「ふんっ!」
ガウロンの有する権能は「大気を操る」というものだ。その権能は大気をクッションのようにして衝撃を緩和、及び障害物として阻むという用途がある。そして何より、権能とは使い方次第でいくらでも化けるのだ。
「ぬっ!?」
ドラグノートが放った業火の流星は、突如として空中で霧散した。その光景に、ドラグノートですら驚嘆の声を上げた。
これこそ、ガウロンがドラゴンの「試練」に再挑戦するにあたり編み出した新技である。燃える炎に狙いを定めて、その周囲の大気を操作する。そうして行うのは炎を燃やすための薪でもある空気を奪うことだ。真空状態で炎は燃えない。それを利用した、消化の弾丸とでもいうべき応用術である。
ガウロンは権能を駆使してドエーを始めとした、仲間たちを襲う業火を相殺した。
その姿勢に猛り、奮い立ったのはドラグノートだった。馬鹿の一つ覚えではない、権能を活用した幻獣たらしめる崇高な戦闘が、ドラグノートの戦意を更に掻き立てる。
故にドラグノートも、馬鹿の一つ覚えではない権能を使用することとした。
「破っ!」
ドラグノートは号令を変え、再び龍角を振った。紅蓮の龍角は真っ赤な熱戦を潜め、噴火する前の活火山のような静けさを取り戻す。
一同が「何事か」と視線を集めたとき、龍角の様子は一変した。湧き出た灼熱のオーラに高熱はなく、翻って肌を突き刺す冷気が溢れ出す。
刹那、周囲の景色は白み、震え上がるほどの凍土が広がる。
最強種であるドラグノートとは、万物融解の業火と万物凍結の絶対零度を操る、「史上最高のドラゴン」なのだから――――。




