想定外
マリーがこの大戦斧を持ち上げることは不可能である。この大戦斧は筋力だとかコツだとか、そう言った物理的な技量が関与する余地は皆目ない。
ドエーは大戦斧を軽々と持ち上げ、巨人たちは数人がかりで担いでいた。そもそも持ち上げること自体が巨人にのみ許された行為なのである。巨人ではないマリーには、持ち上げることは不可能である。
では、大戦斧を持ち上げ振り回したドエーの挙動は嘘なのであろうか?
それは否である。
ドエーは何一つとして虚言は吐いていない。
ドエーは大戦斧が持ち上げられることを証明したのみであり、マリーでも持ち上げられることは証明していない。そしてドエーが口にしたのは「試練」は突破可能ということであり、大戦斧が持ち上げることは可能であることは保証していない。
そう。ミチーナが課したペガサスの「試練」のように、正攻法のみが「試練」を突破する方法ではないのだ。
この「試練」は、とある事実に気が付いてそれを指摘することで突破できる。正攻法ではない一見ひねくれた方法こそが、この「試練」を突破する最適解なのである。
この「試練」に案内したガウロンは、その事実に気が付いていた。実際にドエーから解法を示されたわけではないが、ガウロンの幻獣としての直感が大戦斧に仕込まれたカラクリに危機感を覚えていたのだ。そこからの推理はペガサスの「試練」と同様だ。
幻獣同士の代理戦争である「試練」が、実は勝たせる気が皆無となれば種族の名に傷が入る。故に必ず勝利条件は存在するという事実は不変であり、答えから逆算してこじつければ回答を導くことは可能である。
こういった「試練」の意義とカラクリについて、果たしてマリーがどこまで気が付いているのかは定かではない。しかし、ペガサスの「試練」を突破した経験から導き出すことに賭けていたのだ。
「ぐむむむむ――――」
しかし、マリーはガウロンたちの真意に気が付くことはない。マリーは愚直にドエーの言葉を鵜呑みにして、大戦斧を力業で動かそうとしていた。
マリーがドエーの仕組んだ真意に気が付かない限り、この光景は変わらない。変わるはずがないのだが、誰もが予想もしない事態が起ころうとしていた。
その異変に一早く気が付いたのは、マリーの背中に応援の意を含んだ熱視線を送るユゥだった。
「何でしょう、この音は……?」
「音……?」
ユゥの呟きに、ミチーナは言葉を重ねてオウム返しした。耳を澄まして件の音を探ると、確かに何かが擦れるようなキリキリ音がした。
「まさか」と勘繰り、ミチーナは視線を動かした。その先では、大戦斧と格闘するマリーがいる。
マリーは今まさに、不動の大戦斧を動かそうとしている。その実直な祈りが届いたのか、こともあろうか動かないはずの大戦斧が微動していた。
「うなぁぁぁ――――あああ!!」
怒号にも似た雄叫びを上げ、マリーは大戦斧を引き抜いた。魔法でバフをかけた力に任せて大戦斧を地面から引き抜くと、マリーは勢いの余り尻餅を着く。「試練」の通りに持ち上げることこそ叶わなかったが、動くはずのなかい大戦斧が遂に動いた。




