大戦斧一閃
「この大きな斧を持ち上げることが「試練」なの?」
「そうだよ。たったそれだけされどそれだけ。だけどそれが「試練」だよ」
ドエーは飄々とマリーの素朴な質問に答えた。相変わらずくどい文言を続けざまに言い放ち、補足はなくケロッとした顔をする。
この2人のやり取りを、ユゥたちマリーの同伴の幻獣たちは見守った。ひとたび「試練」が始まってしまえば、ドエーの許し無くして口を挟むことはできない。この「試練」の単純さに疑問符を浮かべながらも、直接マリーに進言をすることは許されていない。
しかし「試練」の行方を見届けるユゥたちの間では、様々な会話が飛び交っていることも事実である。
「確かガウロンは巨人の「試練」の内容を知っていましたね」
「うむ。我が挑んだわけではないが、かつてドエーから聞いたことがある」
「うちも同じよ。ドエーに聞いたらあっさり教えてくれたわ」
「では、この「試練」に隠された課題とか真意についても知っているのですか?」
「それは自分で考えよ。真意など課す者・課される者の受け取り方次第でどうとでもなる。我とてドエーから教えてもらったことはなく、己で考えた回答のみを有するだけだ」
「そうよユゥ。あんたもマリーの気持ちになって、自分ならどう乗り越えるかを考えな」
「それもそうですね。失礼しました」
ユゥは幻獣の先輩たちの言葉を受け、しげしげと頭を下げた。そして「試練」に挑むマリーに注目して、彼女の心中に思いを馳せる。
ユゥとガウロンとミチーナ、そしてドエーを始めとした巨人たちの視線はマリーに集まる。背中に数々の眼差しを集めたマリーは、熱視線を気にすることなく目の前の「試練」に集中していた。
マリーは目の前に置かれた大戦斧を眺め、気にかかったことをドエーに問い掛ける。
「この斧なんだけど、巨人でさえ数人がかりで担いでいたけど、本当に私みたいな人でも持ち上げられることを想定している「試練」なの?」
「君は何か勘違いをしていないかい? この「試練」は人間とか魔女を相手に作られたものじゃないんだよ。作っていないんだよ。
そもそも「試練」とは、幻獣同士の直接戦争を回避するためのいわゆる代理戦争なんだよ。だから、「試練」の仮想相手は幻獣なんだよ。だから君が持ち上げることの想定とかを質問するのは、無粋なんだよ。大きな意味はないね」
ドエーは突き放すように答えた。さっきまでの茶目っ気のある顔から一転して色のない表情は、どこか突き刺さるものがある。と思うのも束の間、ドエーは再三表情を変えてケロッと笑った。そして突如腰を折って、マリーの目の前に転がった大戦斧の柄を掴んで持ち上げた。
「でもほら、決して誰も持ち上げることができないってものじゃないよ。この「試練」は決して突破不可能なものではないんだよ。
この斧は僕たち巨人の中でも選りすぐりの戦士のみが扱うことを許される武具なんだ。しかしその性能は格別の逸品。斬ってよし突いてよし、打ってよし叩いてよし。極めつけに投げてよしの万能武具さ」
ドエーは大戦斧を軽々と持ち上げ、見せつけるように振り回した。大戦斧はマリーの身長ほどの大きさもあり、持ち上げるイメージは湧かなかった。しかしドエーが持ち上げた途端、大戦斧は普通の斧に写って見える。
片刃の大戦斧は振り回されると同時に、空気を鋭く切り裂いている。その金切り音は見上げるマリーの耳にもしっかりと届き、空気を揺らす衝撃で三歩ほどよろめいてしまうほどだった。華美な装飾の一切をこそぎ落とした外見は、正しく戦闘に特化させた武具という印象を受ける。
振り回される大戦斧は、巨人の中でも特筆して大きなドエーに合わせて設計されている。その大きさもさることながら、重量においても一般的な巨人にとっても扱いが難しいものになる。
マリーは大戦斧を振り回すドエーの規格外を痛感すると同時に、改めて「試練」への挑み方を再考する。
「分かった。この「試練」、正面から正々堂々と突破してみせるよ!」
マリーはムンと拳を握って気合いを示した。
ドエーはマリーの雰囲気と快活な返答に満足し、頭上に掲げた大戦斧を下ろした。光の照り返す刃で地面に突き立て、「持ってみろ」と言わんばかりの視線をマリーに向けた。
マリーはドエーの無言の圧を挑戦状と受け取り、それに応えるべく大戦斧の柄に手をかける。全長だけで見れば大戦斧とマリーは同じ高さを持つ。今や刃を下にして地面に突き刺さる大戦斧の柄は、マリーの目線の高さに来ていた。
マリーは真っ直ぐに手を伸ばし、遂に大戦斧の柄を握り締める。大戦斧のゴツゴツとした木製の柄は、一少女のマリーにとって決して握りやすいものではなかった。それでもマリーは小さな手を重ねて柄を覆うと、一息に腰を入れて引き抜きにかかる。
最終目標は持ち上げることではあるが、ひとまず地面に突き刺さった大戦斧を引き抜かなければ話は始まらない。「試練」突破のための第一段階に際し、マリーは不得手な力業に挑む。
「ぐぬぬぬぬ……」
マリーは奥歯を噛み締めて一心に力を込める。全身の勢いと筋肉を駆動させ、さらには魔法による身体強化も上乗せする。ユゥやスイスイたちの「試練」で身に着けた身体の使い方が際立つ。のだが、大戦斧自体はうんともすんとも動こうとしない。
「うぐぐぐぐぬぬぬぬぬ……。なぁーーー!」
マリーは耳まで真っ赤にして力を込める。大戦斧とマリーの身体は相反し、V字になるほど身体を傾ける。
それでもなお、大戦斧が動く気配は見られなかった。
何を隠そう。マリーがこの大戦斧を持ち上げることは不可能なのである――――。




