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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「絶界領域チョウラン」編
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遥かなる者

 「巨人」

 その言葉は、誰もが耳にしたことがあるだろう。外見は人間(ヒューマン)と大差なく、体内の構造も共通している。

 しかし巨人は幻獣である。

 巨人を幻獣たらしめる要素とは、何者にも劣らぬ巨躯であった。

 一般的な人間の頭の高さに腰を持ち、頭部に至っては顔を上げて仰ぎ見なければ拝むことは能わない。その体躯の大きさからくる腕の太さ、大腿部の屈強さ、そして巨木のような胴といい、その体格の全てが規格外なのである。

 一歩足を踏み出せば地面は震撼し、一度でも腕を振り上げれば気流が乱れる。霊峰の頂にて立つ姿は、雲を食む不遜な獣でもあるし、言葉を巧みに操る賢しさも併せ持っている。

 まさに暴力と叡智の両方を有した、立派な幻獣である。


 そんな巨人は、チョウランの片隅でひっそりと群れを作っていた。数十頭、もしくは人の巨人たちは、そのスケールに見合った居住区を築き上げていた。

 断崖絶壁を切り崩して作り上げた家屋に、岩々を掘った家具らしきものが、全てが規格外だ。

 それは人間とさして変わらない魔女のマリーはもちろん、立派な体躯を持つ幻獣たちも同じく圧倒されていた。

 ユニコーンのユゥにグリフォンのガウロン、ペガサスのミチーナたちは全長は2メートル超、四足歩行とはいえ、頭の高さはマリーよりも高い位置にあり、凛とした佇まいで優雅に闊歩する。にも拘わらず、この巨人たちの生活圏に飛び込んでしまえば子犬子猫のような愛玩動物にさえ見えてしまう。


「なんだかガリバーの気分だね」

「ガリバー? 有名人ですか?」

「私がいた世界のファンタジーの主人公の名前だよ。今話すと長くなるから端折るけど、巨人の国を冒険した人だよ」

「興味深いなぁ。マリーが元々いた世界にも巨人の概念はあったんやね」

「貴様ら、悠長に話をしている場合ではないぞ。気を引き締めてかかれ。そろそろ巨人たちの長が待つ場所だ」


 先導するガウロンは、巨人の住処を観光気分で見回すマリーとミチーナを叱り付けた。そして前を向き直り、これから謁見する人物の姿を瞼の裏に思い浮かべる。

 これからマリーたちが会わんとする巨人の長とは、恐れ知らずで勇猛なガウロンですら会うことに難色を示すほどの曲者だ。ガウロンはその姿と声音を想起しただけで背筋に悪寒が走った。


「どうやら、着いたようですね」


 閉口したガウロンに変わり、落ち着き払ったユゥが口を開けた。正しく火蓋を切って落とした一言により、一同は面を上げる。

 一同の目の前には、想像を絶する()があった。

 先に述べたように、一般的な巨人の大きさは腰の位置が人間の顔の高さにくるものである。しかし、マリーの視線の高さに腰はなく、巨人のものであろう脚が2本あったのだ。

 腰の位置が変わればもちろん、胴の高さも頭の位置も変わってくる。マリーたちの視線は自然と上へ上へと上振れていき、巨人の顔を認識したときにはほぼ垂直に見上げていた。


「やぁ、待っていたよ。待ち侘びていたよ。待ちくたびれてしまったよ」


 その巨人は、マリーたちを見下ろして陽気に微笑んだ。顔付きはスケールの大きささえ除けば愛嬌のある人間の表情と変わらない。ごくごく普通のヒトの顔だった。

 しかし桁違いの大きさを持つ巨人を相手に、初見のマリーとユゥは言葉を失った。餌を食べる金魚のように、口をパクパクと開閉し固まってしまう。

 一方で知古の仲であるガウロンとミチーナは、ため息交じりに挨拶を返した。


「相変わらず人を驚かせるのが好きな奴だ」

「色んなリアクションが見れて楽しいし、楽しませてもらえるし、僕の性分なんだ」

「お久しゅう。お代わりないかい、ドエー?」

「僕は元気だよ。僕たちも元気だよ。そういうミチーナだって元気そうで何よりだ。群れから離れて単独行動とは珍しいね」


 気軽に言葉を交わすガウロンたちを見て、ユゥは圧倒されていた。ユゥが今までどれだけ小さな世界で生きていたかを痛感すると同時に、広がっていく世界に高揚感すら覚えていた。

 そしてドエーと呼ばれた巨人の長は、お茶目な表情のまま固まったマリーに向き直る。そのクリンと見開いた眼でマリーをつま先から頭のてっぺんまで観察すると、「うん」と頷いた。


「この娘が件の魔女だね。魔女っぽくないね。魔女と会うのは初めてなんだけどね」

「ど、どうも。マリーって言います」

「初めまして初めまして。僕はドエー、巨人の長をしているドエーって言います。こちらこそよろくし」


 アグレッシブに握手を求めるドエーは、マリーとの体格差もものともしない優しい握手を交わした。

 一癖も二癖もあるドエーの口調に、マリーはたじろいでいた。一部の界隈でコミュ力魔人と囁かれていたマリーといえど、圧倒的な体格差と癖のある言葉のラッシュにお手上げである。

 当のドエーはマリーの困惑など意に介さず、マシンガントークを続ける。


「グリフォンたちから話は聞いているよ。君の事情も聞いているよ。そして目的も聞いているよ。僕たちの「試練」を受けに来たんだよね?」

「っ!?」


 ドエーの核心を突いた一言に、マリーは冷静さを取り戻した。マリーが巨人たちの元を訪れた理由を再認識し、自分のするべきことを強く念じる。そして「試練」への挑戦を宣言しようと気丈に顔を上げたとき、事件は起きた。


「持ってきましたよ!」

「あー重い重い」

「久しぶりに出したな。埃かぶってたぞ」


 ドエーの背後から、複数人の巨人たちが現れた。正確には特筆して巨大なドエーの胸ほどの身長を持った巨人たちが、口々に愚痴を溢しながら登場した。突如として現れた彼らは、その巨躯を以ってして一つの大戦斧を担いでいる。

 大戦斧はどこからどう見ても巨大・重厚・凶悪の三拍子をそろえている。そんなド級の武具は巨人たちの手から離れ、マリーの前に投げ置かれた。


 ドンッ――――!


 地響きと共に地に投げられた大戦斧がマリーの前に横たわる。

 訳が分からないマリーは、投げ捨てられた大戦斧とドエーの顔を交互に見詰めた。

 するとドエーは、


「君にはこの大戦斧を持ち上げてもらう。それが君への「試練」だよ」


 と言い放つ。

 かくして、マリーの「試練」は幕を上げたのであった。

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