誇りとはかくあるべし
「ペガサスの翼をもぐ」という「試練」に、マリーは一つの答えを下した。ミチーナが差し出した翼に手をかけて、マリーは力を込める。そしてミチーナの身体に身を寄せると、マリーはミチーナの翼を優しく撫でた。
「マリー、あんたはこの「試練」を投げるのかい?」
ミチーナの問い掛けに対し、マリーはきっぱりと首を横に振る。柔らかく慈愛に満ちた眼差しのまま、マリーは撫でる手を止めない。
「私は「試練」を放棄したわけじゃない。私はミチーナの翼も、他のペガサスの翼も一つとして奪いたくない」
「ならば、「試練」を棄権するってことでいいね?」
「違う。これが私の出した答えだよ。「試練」を失格にしてもらっても構わない。ただ、私の意志は知ってほしい」
「……」
マリーに後悔は微塵もない。真っ直ぐな瞳で失敗を受け入れると口にし、ミチーナの無言を耐える。
対するミチーナは、寄り添ったマリーを振り払うこともせずに見詰める。真一文字に口を結び、満を持してマリーを突き離す。
「うわっ……!」
ミチーナに弾き返されたマリーはよろめいた。覚束ない足取りで3歩後退すると、マリーの身体をミチーナの翼が受け止める。
ミチーナの翼で抱えられ、マリーは思わず見返した。するとミチーナの視線とぶつかる。
「マリー。あんた――――」
「っ……!」
マリーは腹を括ったとは言え、失格を言い渡されるとなると恐れはあった。思わず瞳を強く瞑ったが、ミチーナから飛び出た言葉はマリーの予想外のものだった。
「マリー、あんたの勝ちだよ」
「えっ……?」
マリーは聞き間違いかと聞き返す。しかしミチーナの2度目の返答はなく、先の言葉が真実である。
マリーは今一度状況を理解すると、今度はその理由が知りたくなる。マリーはおずおずと控えめに、ミチーナに問い掛けた。
「これがこの「試練」の正解だったの?」
「そうだね。この「試練」はうちらの誇りと、あんたの向き合い方を試すものさ。もし翼をもごうとしていたなら、蹴り殺してたね」
「うっ……。危ない橋だったんだね」
「気持ちを切り替えなよ。あんたはうちらペガサスの「試練」に向き合い、幻獣としての誇りを尊重したんだ。そんな相手を認めないほど、幻獣の誇りは堕落してない」
ミチーナは気高く頭を掲げ、その面持ちで誇りを語った。
先の「試練」で意固地になったガウロンに、ミチーナの言葉の節々が突き刺さる。ガウロンは口を閉ざして沈黙し、隣のユゥはしたり顔で口角を吊り上げる。
マリーはミチーナが示した清廉潔白な姿に心を突き動かされ、感動の余り涙を浮かべる。それは「試練」の際にミチーナが漂わせた緊迫感が解けた、安堵も含まれているだろう。
ミチーナは感涙に咽び泣くマリーを包み込み、溢れ出す母性でマリーを慰める。
そしてタイミングを見計らったガウロンは、自分のことを棚に上げて声を張り上げた。
「さぁマリーよ。貴様が「試練」にて幻獣の誇りを理解したところで、次の「試練」へ向かうぞ!」
「本当、空気が読めないというか我が儘というか……」
傍若無人なガウロンの立ち振る舞いに、ユゥが小声で突っ込みを入れた。ガウロンの耳に届けば反論を受けてしまうので、その呟きは虚空に消え入る。
ガウロンはユゥの呟きを聞き逃し、そのまま音頭を取る。
「マリーよ。残るは巨人たちが課す「試練」だ。驕ることなく、心してかかるがいい!」
「あんたが言うてどうするん……。
って、「残るは」ってことは、ドラゴンの「試練」は――――」
「待ていミチーナよ。そのことはまだだ!」
「もしもーし、聞こえちゃったんだけどー」
ガウロンとミチーナの秘密話も、余りの大声にマリーまで漏れ出てしまう。
マリーは外野から割って入ろうと声をかけるが、ガウロンは明らかに聞き流してみせた。ガウロンはミチーナと口論をした後、互いに話は腑に落ちたらしい。マリーを差し置いて決着を付けると、揃ってマリーを蚊帳の外に置いて話を進める。
「ほな、うちもマリーについて行こうかしら」
「え? ミチーナは群れを置いていていいの?」
「いいのいいの。どうせペガサスなんて5頭しかおらん少数なんだから、うちが不在でも大丈夫」
「そうだぞ。マリーはとっとと巨人の「試練」に挑むがいい」
ガウロンとミチーナは足並みを揃えてマリーの背中を押す。
一方で事情を知らされず蚊帳の外にされたマリーとユゥは、不穏な話の流れに訝しんだ。
「信用はしていいのでしょうけど、なんだか胡散臭いですね」
「っていうか、ガウロンもミチーナも自然に付いてくる流れなんですけど。縄張りとか群れって、そんなに軽い気持ちで越境していいものなの?」
「群れのなかった私に聞かれても……」
耳打ちで相談するマリーとユゥは、気持ちが固まる前にガウロンたちに押し切られた。
マリーは3頭の幻獣を率いる大所帯で、(半ば強引に)巨人の縄張りを目指す――――。




