天馬の壁
「おこしやす」
そんな京風の挨拶でマリーたちを迎え入れたのは、霊峰の頂に縄張りを持つペガサスの1頭であった。そのペガサスは純白の肉体に純白の翼を広げていた。淀みのない雲中においても存在感を放ち、ペガサスは黄金の鬣を振る。
そして雲の中で姿を現した天馬は1頭にあらず。周囲を見回して計5頭の天馬が、白い雲の中でも尚際立つ白い体躯を、蹄を鳴らしながら現れた。
「うちはペガサスの長、ミチーナっちゅうもんです。話はグリフォンの方から聞いてます。あんたが来訪者の魔女の娘でしょ」
「は、はい。マリーって言います。よろしく……」
自らのミチーナと名乗った上品な佇まいのペガサスを相手に、マリーはたじたじと覚束ない返答をした。とにかくユゥの背中から降りて地に足を着けるが、ミチーナの放つ神々しさを前にして次の言葉が出てこない。
「あらあら、緊張してはるの? かいらしい魔女さんやね」
ミチーナは大口を開けるでもなく、閉口して上品に笑った。
そしてその実、マリーはミチーナを始めとしたペガサスを目の当たりにして感動の余り言葉を失っていた。
マリーが「幻獣」と耳にして真っ先に思い浮かべる幻獣は主に2種類いる。うち1種がユニコーンであり、かたやもう1種がこのペガサスである。マリーがチョウランに脚を踏み入れて出会いを思い焦がれた幻獣が目の前にいる。それも己の想像を遥かに超える幻想的な美しさを湛え、マリーを歓迎しているのだ。
マリーは感動と緊張感に包まれ、思う通りの言葉が出てこない。
「どうも初めまして、ですね。私はユニコーンのユゥです。今はマリーの相棒として、「試練」踏破の供をしています」
「初めまして。こうして会うのは初めてやね。
そして、こうして会うのは久々やね、グリフォンのお偉いさん」
「むぅ。まぁ、我らと貴様らは々天空を縄張りにする者同士だ。何かしらの仲立ちをする存在がいなければ、こうして仲睦まじく顔を突き合わせることもなかっただろう」
「まあ。「仲睦まじい」ですって? そんなに殺気立ってるお方が、よく言わはりますわ」
「ふはは。面白い冗談だな」
「ふふふ。うちは冗談なんて言ってませんよ」
相対したガウロンとミチーナは、意味深な会話と不気味なお世辞で笑みを交わす。表立ってはにこにこと会話をしているが、その雰囲気はバチバチと火花を散らしている。
「幻獣マジおっかない……」
見た目100点のミチーナに見惚れていただけあって、その内側に秘めた腹黒さにマリーは引いていた。
そんなマリーの気持ちも露知らず、ミチーナはマリーに向き直る。
「それで、マリーさんはどうしてもうちらの「試練」に挑戦するんですか?」
「うん。覚悟は決めてきたよ」
面と向かい合うマリーに緊張の色はなかった。真摯に真っ直ぐな眼差しで、マリーはミチーナに覚悟を示す。
「はぁ……。なら、いいでしょう。うちらペガサスの「試練」は単純明快な「試練」。グリフォンの方々のような命を賭けるなんて物騒なものではない――――」
「む」
引っかかりを覚えたガウロンが眉をひそめて抗議の眼差しを送る。しかしミチーナは構わずに言葉を続ける。
「うちらの「試練」は誇りを賭けて挑んでもらいます」
「こちらこそ覚悟はできてる。挑ませてもらうよ!」
マリーは拳を握り締めてやる気を示した。その様子に緊張はなく、今まで3つの「試練」を乗り越えてきた挑戦者の眼差しだった。
マリーの覚悟を受け入れたミチーナは深く頷いた。そして満を持して「試練」を突き付ける。
「では「試練」を授けます」
「よし、ドンと来――――」
「うちの翼をもいでください」
「……へ?」
マリーは聞き間違えたかと問い返した。
「うちの翼を、あんたの手でもいでと言いました。それがうちらペガサスの「試練」です」
マリーの前に、過去最大の「試練」が立ちはだかる。




