頂の翼
グリフォンの「試練」を無事突破したマリーは、次なる幻獣の「試練」を求めていた。
これはマリーは「試練」ドランカーになったわけではなく、「試練」を踏破するという行為に秘められた地龍の思いに気が付いたからだ。
マリーがガウロンに言って聞かせた、チョウランの未来を幻獣が選ぶという道筋。これは嘘偽りのないマリーの本心ではあるが、最初から心に秘めていたわけではなかった。
マリーが「試練」に挑むにつれ、マリーの中に積もり積もった本音である。そして口に出して初めて、マリーは地龍の真意に気が付くことができたのである。
マリーはそれぞれの幻獣が「試練」の中で示した、それぞれの誇りと真意を蓄積させる。それはマリーの血となり肉となり、総合的な経験値に変換される。
ユゥは着実に成長していくマリーを誇らしく思うと同時に、地龍より課せられた「試練」の厳しさを痛感していた。
対するガウロンはマリーを対等と認め、「試練」踏破への道標を示す。
「マリーよ。貴様がこれまでユニコーンの「試練」・ヒッポカンパスの「試練」、そして我々グリフォンの「試練」を踏破したのなら、残る「試練」は3つだ」
「え? あとそれだけなの?」
「このチョウランに残る幻獣は、地龍様の龍種を除くと6種のみだ。貴様はそのうちの半分の「試練」を踏破したこととなるが、最難関の「試練」が残っているわけだが……」
「むむ?」
ガウロンは珍しく言い淀む。その言葉に詰まる様を不思議そうに見詰めるマリーだが、問い掛ける前にガウロンが話題を切り替えた。
「貴様には残るペガサスの「試練」と巨人の「試練」を案内してやろう。我はそこの一角獣とは違い、ペガサスと巨人に顔が利くのでな」
「なにか鼻に付く言い方ですね。まるで私が役に立っていないように聞こえるのですが……?」
「そう言っているのだ。貴様なら、残る「試練」の融通が利くのか?」
「確かに私には人脈はありませんが、この脚でマリーを案内することができますので」
「ならば我とて翼がある。貴様と我の間に、機動力の差はないわ」
「何を……」
「待った待った! なんで喧嘩しているのさ」
慌てたマリーが火花を散らすユゥとガウロンの間に割って入った。
マリーの制止を受けたユゥとガウロンは、もの言いたげにしているが何とか閉口した。
気まずい空気に耐え兼ねたマリーは、明るい声を取り作って手を叩いた。
「そ、そうだ。次の「試練」ってどっちから挑戦したらいいのかなー。ペガサス? 巨人?
ガウロンはどっちがいいと思う?」
間を取り持つマリーは、まるで幼子をあやす保母さんのようだ。我が儘で拗ね性の子供の機嫌を直すように、柔らかく優しく言葉をかける。
対するガウロンは、マリーに尋ねられたことに機嫌を直した。ご機嫌に弾む口調で、雄弁に語り出す。
「うむ。どちらも難解な「試練」ではあるが、今のマリーであれば充分に突破できるものだ。なので地理的に縄張りが近い方から挑むのが賢明であろう。
故に我は、ペガサスの「試練」を推奨する」
「ガウロンは「試練」の内容を知っているの?」
「無論だ。だが、我らとペガサスの誇りにかけて他言はしない。マリー自らで挑み考え、全身全霊でぶつかるがよい」
「その通りですね。「試練」の内容をあらかじめ知ろうなど野暮です」
ユゥとガウロンは珍しく意見を一致させた。そして次の目的地が決まり、いざ行かんと息巻いた。
「さぁマリー。私の背中にどうぞ」
マリーの相棒としての自負があるユゥは、ガウロンを押し退けて膝を折った。ガウロンも屈強な体躯と勇猛な翼を広げていただけに、納得のいっていない顔で不貞腐れる。
やはり子供染みたユゥとガウロンは、まるで母親に構って欲しい子犬子猫のようだ。もちろん、マリーが思ったことを口走ると、ガウロンが喧しく噛み付いてくるだろうから言わない。
マリーは苦笑いをしたままユゥの背中に跨った。
「我が先導しよう。先に遣いをやっているから、大方の話は付いているだろう」
「ならば、貴方は付いて来なくてもいいのでは?」
「馬鹿者が、マリーの挑戦を我が見届けずして誰が見届ける」
(要は構って欲しいんですね)
(しっ! それを言ったらややこしいことになるから)
ユゥとマリーは耳打ちをして、張り切るガウロンを微笑ましく見守った。
そんなマリーたちの思いも露知らず、ガウロンは翼を広げた。屈強な獅子の脚でひと思いに大地を蹴り出すと、大きな翼で縦横無尽に天を舞う。そして後方にマリーを乗せたユゥが付いて来ていることを確認すると、さらに速度を上げた。
「さぁ、行くぞ――――!」
「えぇ」
ガウロンの飛翔は決して力んでいるわけでもない、いたって通常の速度だ。それに追い縋るユゥは蹄で空を蹴って、懸命に駆け抜ける。騎乗するマリーとて穏やかでない形相で歯を食い縛り、ガウロンの背中を追いかける。
そして目指すペガサスの縄張りは、天を衝く連峰の高みにあった。
辿り着いた雲の中に隠れる霊峰の頂で、純白の天馬の姿が垣間見えた。その美麗な姿にマリーは息を飲み、鈴の音のような声音で天馬が口を開く。
「おこしやす――――」




