最大の試練
単身チョウランに踏み込んだマリーは、ヒッポカンパスの「試練」を踏破した後、成り行きでグリフォンの「試練」に挑むこととなった。
グリフォンが提示した条件とは、「5日以内にマリーがやってこなければヒッポカンパスを皆殺しにする」という横暴極まるものだ。
マリーはヒッポカンパスを巻き込んだ自責の念と、ヒッポカンパスとユゥを侮辱したグリフォンへの闘争心から「試練」への挑戦を決意した。
ヒッポカンパスの「試練」を解くにあたり、消耗したマリーは十分な休息を取った。
魔女たちの遺跡で身体を休めると並行して、清流の水で内側からリラックスとデトックスを行う。清流で獲れた魚たち空腹を満たして、ヒッポカンパスとの交流から新たな見識を得る。
そうやって4日が経過した朝、マリーとユゥはスイスイたちヒッポカンパスに別れを告げていた。
霊峰の隙間から差し込む朝日を背中に受け、清々しい光の中で誇らしげな顔をしていた。
「では、行ってくるね」
「えぇ、マリーの健闘と勝利を願っています。
それと、これを持って行ってください」
「これは……?」
マリーはスイスイが差し出した宝玉を覗き込んだ。それはマリーが「試練」より持ち帰った紺碧の宝玉であった。
その実、紺碧の宝玉の正体はかつてヒッポカンパスが地龍より賜った「龍玉」と呼ばれるものである。マリーはそんな貴重なものとは露知らず、偶然にも持ち帰ったわけだが、スイスイはそれをマリーに譲渡そうとしている。
スイスイが龍玉の正体と価値を語って聞かせると、マリーは青ざめて慌てふためいた。
「そんな大事なものもらえないよ!」
「いいえ。マリーにこそ貰って欲しいのです。
このまま湖の底に戻しても、次の挑戦者が現れるいつかの日まで眠っているだけ。ならば、せめてマリーの行く先を見守る私たちの思いとして受け取ってください。
これはヒッポカンパスの長として、そしてヒッポカンパスの総意です」
「……分かったz。絶対大事にする」
龍玉を受け取ったマリーはスイスイと熱い抱擁を交わしす。龍玉を拳に握り締めたままユゥに跨ると、最後にもう一度だけ振り向いた。
「勝ってくるから、安心してね!」
「えぇ。吉報を待っています!」
スイスイたちヒッポカンパスに別れを告げ、ユゥは嘶いた。高らかに蹄を鳴らして、得意の疾走でグリフォンの縄張りを目指して駆け出した。
ユゥの疾走は風を追い越す。マリーの背中はみるみると遠退き、姿が見えなくなるまでヒッポカンパスは見送った。
見送りのために集まったヒッポカンパスたちは、スイスイの解散の合図を受けてもなお、その場から離れることはなかったそう――――。
ヒッポカンパスの縄張りから、グリフォンの縄張りまではかなりの距離がある。チョウランの端から端になる距離は、直線にして400キロメートル超。そんな長距離を、ユゥは高速で駆け抜ける。
「風に成る」という権能を使えば、より早く辿り着くことが可能なのだが、その場合は騎乗するマリーへの負担が計り知れない。よってユゥは、マリーが無理なく騎乗できる速度を維持したまま疾走していた。
朝に出発したマリーとユゥは、何とかその日の内にグリフォンの縄張りの近隣に到着していた。本格的に立ち入る前に一夜を過ごし、万全の状態へ整える。そして期日である5日目の朝に、グリフォンの「試練」に挑むという算段だ。
冷えるチョウランの夜を、マリーとユゥは身を寄り添って過ごした。ユゥの毛並みは最高の感触でマリーを癒し、互いの体温で温め合う。
そうやって寄り添った1人と1頭は、次の朝を迎えた。
朝日を拝んだマリーたちは、満を持してチョウランの境界へ向かった。久しく戻ってきた断崖絶壁の砦には、マリーの到着を待ち侘びていたグリフォンが座していた。
「――――来たか。待ち侘びたぞ」
「でも、期日は守ったでしょ」
「構わん。貴様も来たのならば、それは万全だと言うことだ。
これより「試練」を始める……!」
座したグリフォンは瞳を見開き立ち上がる。誇り高き勇猛な翼を広げて、「試練」の開幕を高らかに宣言した。




