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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「絶界領域チョウラン」編
221/369

真実を掲げよ

「――――たぁっっっ!!」


 ザッパーーーン!!


 太陽が沈み反転、月が夜空を飾る。

 月光が照らす青白い湖面で、高い高い水柱が立った。

 その水柱の中央には、仰け反って月を仰ぐマリーがいた。月明かりの妖艶さ、夜の湖という神秘的な雰囲気も相まって、マリーの姿はまるで人魚そのものに見えた。

 水を多分に含んだ金髪を振り回しながら、まりーは深い深い水底から一息に浮上した勢いそのままに湖畔へ打ち上げられた。


「マリー! 戻って来たんですね!」


 湖畔でマリーの帰りを待っていたユゥは、その姿を見付けると喜んで駆け付ける。蹄を高らかに鳴らし、全身をぐっしょりと濡らして横たわるマリーを気遣う。

 ユゥはマリーの身体が冷えないように覆いかぶさって温める。


「あ、ありがとうユゥ……」

「それよりもマリー、お身体は大丈夫ですか? 「試練」の謎は解けたのですか?」

「うん。それはもちろんだよ……」


 マリーは細々とした声で答えた。体力・精神力ともに消費したマリーは、さらに全身ずぶ濡れで体力を奪われる。マリーは魔女といっても身体は普通の少女と変わらない。

 そんな少女が身の丈ほどの鉱石を抱えて浮上したとなれば、なれば……?

 マリーは湖の最深部で見つけた巨大チッコ石を、抱えていなかった。

 その代わりに、マリーは握り締めた右拳を夜空に向けて突き出した。


「マリー……、これは?」


 ユゥはマリーの挙動を不思議がって拳の中を覗き込むが、硬く握られた拳の中は窺い知れない。


「無事に戻ってきたのですね。時間にしておよそ一刻。人間(ヒューマン)とさほど変わらない身体能力の魔女でありながら、長時間潜水からよく戻ってこれたものです」


 マリーの帰還を見届けたスイスイが歩み寄る。その後方にはヒッポカンパスたちも追随しており、最後まで諦めずに「試練」に挑んだマリーを一目見ようと人だかりならぬ「馬だかり」が形成された。


「それで、「試練」の回答を行いますか?」


 ヒポポタマスを代表して、長であるスイスイが優しく尋ねた。

 仰向けになったマリーは、荒い息のまま自信満々に頷いた。そして、突き上げた拳を開く。


「これが、私の答えだよ。これが、あなたたちヒッポカンパスの「宝物」だ――――」


 マリーが開いた掌を、ユゥとスイスイが額を突き合わせて覗き込む。その掌には、紺碧の小玉が1つだけ収まっていた。

 深い深い水底では、見過ごしてしまうような深い青の宝玉であった。コロッと転がる滑らかな紺碧の球体が、マリーが辿り着いた「宝物」の答えであった。

 周囲には輝き光を放つチッコ石がゴロゴロと転がり、さらにはマリーの身の丈にも及ぶ巨大鉱石が鎮座していた。それらを捨て置いて、マリーはこの宝玉を選んだのだ。


「これが貴女の答えですか。

 根拠を聞いてもいいですか?」

「もちろん」


 マリーはユゥの体躯に背を預け、座り姿勢を取って楽にする。濡れた身体はユゥの体温で暖まり、呼吸も落ち着きを取り戻した。徐々に戻りつつある体力を使い、マリーは推理を披露する。


「『我らが「宝物」を探し出す「試練」。

 「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ。

 汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ。

 汝、我らが「宝物」を掲げよ。

 果てに汝は、我らが誇りを手にするだろう』

 これがスイスイが私たちに課した「試練」だよね?」

「えぇ。一言一句違わず覚えられたようで何よりです」

「まず私たちは「宝物」が何なのか、という謎から取り掛かったけど、きっとそれが間違いだったんだ。この明文の中から、「宝物」の正体を暴くだけのヒントはなかったんだ」

「ほう……」


 スイスイはマリーの明察に感心の溜め息を漏らした。それ以上の言及はなく、マリーの話の続きを待つ。


「次は「宝物」がどこにあるのかだけど、それは明文から読み取れるよね」

「『「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ』の一文ですね」

「そう。だけど、それは半分正解で半分間違いだったんだ」

「と、言いますと?」


 いつになく真剣で含みのあるマリーの口調に、ユゥは眉をひそめた。

 マリーは答えをもったいぶることはせず、爽快に推理を披露する。


「『汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ』までが場所を指し示すヒントだったんだ。

 これらのヒントから導き出される「宝物」の在り処は、「深い深度を持つ湖のどこか」であり、「光を切り裂いた先」で「輝きを受けられる場所」ってことになる」

「ですが、これだけでは答えが抽象的すぎませんか? だから私とマリーは行き詰っていたはずです」

「そう。

 でもこの答えに別の要素を付け加えると、自然に答えは絞り込まれるの」

「別の、要素?」

「そう。それは「試練」が始まる前にスイスイが口にした「この「試練」は時間が肝」ということと、チョウラン特有の山岳地帯の真ん中にある澄んだ湖ということだよ」

「時間……、まさかっ」


 マリーがこれだけヒントを提示すると、ユゥは納得したように目を見開いた。点と点が線で繋がり、答えが見えてくる。


「この場合の「時間」とは、制限時間も含めた日没が肝だったんだ。この湖は、夕暮れの日差しが山の隙間から縫うように差し込んで来る。まるで湖面を切り裂くように、鋭い日向が完成する」

「それが『汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ』の真の意味だったのですね。湖の深い場所、さらにそれを絞り込むヒントというわけですね」

「そして『「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ』の一文。普通なら深い水の底には太陽光も差し込まず、「輝きを受ける」ことは不可能なはず。この一文は、自然に並んでいるように見えても矛盾だらけなんだけど……」

「だけど「試練」として成立している。その答えがチッコ石なのですね」

「偶然、川辺の森を振り返って気が付いたの」

「ですが、「宝物」の正体が分からなければ真の答えには辿り着けないはずですよ」


 マリーの推理を静聴していたスイスイが口を挟んだ。その口調はいたって冷静であり、今までのマリーの推理を否定し訂正する様子はない。

 マリーは落ち着いてスイスイに向き直り、その質問に答える。


「確かに、私は「宝物」が何かは分からなかった。けど、場所さえ分かってそこに行ければ分かるかなーって思って、時間もなかったから行動に移したの」

「何ともアグレッシブですね……」


 マリーのぶっつけ的なノリに、スイスイは困惑しながらも感心した。ついでにマリーは「そこに行ければ」と吐き捨てたが、それが一番の難題であったのだ。

 ヒッポカンパスでも辿り着くことの困難な湖の最深部にどうやって行くか。

 マリーはその困難を魔法のセンスで強硬突破してみせたのだ

 半分感心、半分呆れのスイスイは、マリーの話の続きを期待して口を閉ざした。


「実際、湖の底に着いたとき焦ったけどね」

「と、言うと?」

「だって、辺り一面にチッコ石があって、こともあろうか私くらいの大きさのチッコ石もあったんだよ。結局どれが「宝物」か分からなくて、その大きなチッコ石を持って帰ろうと思ったんだけど」

「だけど?」


 マリーの言い草に食い付いたのはスイスイだった。

 スイスイは前のめりに質問し、マリーに答えを急がせる。

 無理もないだろう。この巨大チッコ石こそが、歴々のヒッポカンパスが拵えた最後のミスリードであったのだ。

 もしマリーが巨大チッコ石を持って帰って来ていたならば、マリーは即失格になっていた。

 マリーはスイスイの思惑を察することなく、急かされた続きを話す。


「だけど、明文には『汝、我らが「宝物」を掲げよ』ってあったじゃん。だから「宝物」は掲げられるくらいの大きさのものだと思ったの」

「ですが、他にも宝玉はあったはずです。どうしてこの宝玉を選んだのですか?」

「うーん。何となく目に止まって、「これだ!」って思ったからだよ」

「だから、マリーはこの宝玉を握り締めた拳を突き上げたのですね」

「そうだよ。もちろん、ユゥが温めてくれなかったら危なかったけどね」

「ふふふ」


 マリーはユゥに一杯の謝辞を述べ、ユゥも心穏やかにマリーに頬を擦らせた。

 この主従はすでに強い絆で結ばれており、その様はスイスイたちヒッポカンパスにも理解できた。

 同時に、ヒッポカンパスの「試練」は終了する。


「素晴らしい。マリー、貴女は我々ヒッポカンパスの「試練」を見事踏破されました。今ここに、ヒッポカンパスの長であるスイスイの名に置いて、マリーへの助力を誓約いたしましょう」

「本当!?」

「えぇ、もちろん。我らヒッポカンパスの誇りに賭けて違えることはありませんとも」

「やった――――!」


 マリーは身体の底から込み上げる喜びをユゥと分かち合った。身体の疲労など忘れ去り、ユゥの胴を抱き締めて喜びを示す。

 ユゥもマリーに答えるように、その首筋を舐めて疲労を労う。

 まるで往年のパートナー同士のような1人と1頭を見詰め、スイスイは深い溜め息を漏らした。


(マリー、貴女の推理は見事と言わざるを得ません。が、「宝物」の正体は私たちヒッポカンパスの歴史を知っていれば辿り着く可能性があったものなのです)


 溜め息の心中で、スイスイはお手上げの念を抱いた。

 ヒッポカンパスが「宝物」として位置付けた紺碧の宝玉とは、その実かつてのヒッポカンパスが地龍より賜った「龍玉」だったのだ。「龍玉」こそがヒッポカンパスの「誇り」そのものである。

 幻獣の歴史に造詣の深い者を携えていたなら、容易く導き出していた答えだ。

 その点では、ユゥはマリーの助手として十全の働きはできていなかったのだが、若く孤独に生きてきたユゥに求めすぎだというものだ。

 しかし、マリーは自然と「龍玉」を「宝物」として選んだ。それが幸運か偶然か第六感か。


(それでも、答えに辿り着いたことに違いはありません。この少女、ただ者ではありませんね)


 スイスイは考察を諦め、マリーとユゥの歓談を温かく見守った。

 1人と1頭が喜びを分かち合う隙を見計らい、労いの言葉を投げ掛けようと口を開いたときだ。

 湖畔を照らす月明かりが、飛来する影によって切り裂かれた。

 月明かりが突如として消え去り、マリーたち一同は驚嘆した。同時に夜空を仰ぎ見て、月夜の空に正体を探す。

 そうやってマリーたちが見付けたのは、月を覆い隠す巨大な怪鳥だった。


「魔女の小娘よ。探したぞ……」


 怪鳥は翼を広げてマリーを見下ろす。鋭い鷹の目で湖畔の全てを見通して、屈強な四肢で空を掴んだ。そして嘴を夜空にかざし、大気を震わせる轟砲を上げた。

 その怪鳥の正体は、怪鳥にあらず。

 獅子の四肢と鷹の頭を持つ幻獣、チョウランの門番を担う鷲獅子グリフォンが現れた。

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