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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「絶界領域チョウラン」編
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探し物は何ですか

 湖面に飛び込んだマリーは、透き通る水の中で瞳を開けた。太陽の光が閉ざされてなお、透明度の高い水の中は通常の水中よりも見晴らしがいい。

 マリーは運動全般において不得意はなく、水泳・潜水も例に漏れない。マリーはしなやかな四肢を器用に操り、順調に湖を突き進む。

 マリーは霊峰に囲まれた大きな湖の、その中央部に辿り着く。すると進行方向を下方に切り替え、深部を目指して潜水する。

 謎を解いたマリーは、一心不乱に湖の底を目指した。そこはヒッポカンパスでさえ潜ることのできない、深海ならぬ「深湖」を目指す。


 『「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ』


 マリーとユゥはこの一文について、「宝物」の在り処を示す一文であると解釈していた。

 もちろん、その方向性は間違っていないのだが、「水底」という曖昧な場所指定に推理が難航していた。

 そこでマリーが閃いたのは、『「宝物」は深き水底にて』という前半部分と、『輝きを受けて汝を待つのみ』という後半部分を分けて考えるということだった。

 この発想に至った経緯は別の外的要因があったのだが、その話はまた後程分かるであろう。

 とにかく、マリーは水底にあるはずの「宝物」が、「輝きを受けて」という一文に引っかかりを覚えた。

 本来、深い深い湖の底にある「宝物」に光が届くわけがない。しかし、水底には「輝き」があるのだ。

 マリーはその矛盾に手掛かりを見出し、突破口を得た。


 それが――――。


(やっぱり、この湖にはチッコ石がある……!)


 マリーは潜水の最中、周囲の環境を見回して確信を得る。

 マリーが駆け出す少し前、支流の森に見付けたのは夜闇の中で輝くチッコ石の数々だった。

 チッコ石は昼間に太陽光を吸収して夜に輝く。その性質を以ってすれば、本来太陽光が届くはずのない水底で「輝きを放つ」ことができるのだ。

 確信を胸に秘めたマリーは、一層力を込めて深くへ潜る。のだが、ヒッポカンパスたちでさえ辿り着くことのできない湖の最底に、どうやって辿り着こうというのか。

 ヒッポカンパスたちが最底まで潜ることができない理由は、息ができないだけではない。深い深い水の底では、もちろん過大な水圧が発生するのだ。

 だからこそ、マリーは急ごしらえではあるが対策を用意していた。


(今だ……!)


 マリーは潜水の中でとある魔法を繰り出した。マリーの合図に呼応して、湖の中で気泡が立つ。湖面まで浮き上がるはずの泡々はマリーの周囲で衛星のように周回する。泡は回り寄り集まり、やがて一つの大きな気泡に変わった。

 マリーは身の丈の3倍にも及ぶ大気泡の中に突入し、止めていた呼吸を解禁する。


「プハァ! よし、このまま行くよ」


 マリーは気泡で造った潜水艦に乗り込み、より深くへ潜る。より深くを目指すにつれて気泡の潜水艦には水圧がかかるが、それを受けてなお気丈に邁進する。

 この気泡で造った潜水艦は、呼吸を安定させながらより深くへ潜ることのできる手段ではある。しかしその反面、速度は出せない。だからこそ、マリーは湖の最深部を目指すというラストアタックに「試練」踏破の可能性を全ベットした。


 『汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ』


 この一文が、マリーを湖最深部に向かわせた。

 マリーがチッコ石に解決の可能性を見出したとき、ヒッポカンパスの「試練」の仕掛けに気が付いた。「試練」として提示された明文の他に、敷き詰められた点と点が線で繋がる。


『私たちヒッポカンパスの「試練」は「時間」が肝ですから』


 これは「試練」が始まる前にスイスイが放った言葉である。

 マリーのこの言葉は制限時間のことを示しているとばかり思いこんでいた。しかし、チッコ石による発光の仕組みに気が付くと、スイスイの言葉にも別の意味が生まれる。

 「日没」という時間こそ、この「試練」の肝なのだ。

 チョウランの日の出・日没は、天まで届く高い霊峰が太陽光を遮っているため、外の世界よりも遅く・早い。

 そして山々の隙間から差し込んだ夕日は水面を、()()()()()()()照らしていた。


『汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ』


 という一文は、この「時間」による場所を特定するための暗喩であると推察した。

 マリーは道周のように聡いわけでもなく、リュージーンのように読みが鋭いわけでもない。

 そんなマリーが突き止めた真実は、果たして正解に辿り着くことができるのか。

 マリーは一縷の望みを託し、ただひたすらに最深部を目指した。


「あ――――」


 マリーが潜水を始めてから半刻が経過した。人間の潜水の限界はとうに超え、ヒッポカンパスの潜水能力すら超えた。

 気泡で造った潜水艦は水圧に押し込まれる。すでにヒッポカンパスたちでさえ潜ることのできない深度まで潜ったマリーは、目の前に見えた光明に胸を高鳴らせる。

 湖の最深部では、吸収した光を蓄えて放つチッコ石が群となって剥き出しになっている。

 本来、昼間でさえこの深度まで太陽光が届くことはない。が、この湖においては話が異なる。この湖の異常なまでの透明度は、魚など他生物が住み着くことさえできないほどに澄んでいた。だからこそ、こんな水底にあるにも関わらず、チッコ石は届いた光を蓄えることができたのだ。

 チッコ石が鍵を握るというマリーの推理は的を得ていた。

 マリーは「試練」突破の確証を胸に秘め、チッコ石が剥き出しになる中から「宝物」らしき特別なものを探す。

 そしてマリーは、遂に「宝物」らしきものを発見した。


「これ、かな……?」


 マリーは岩盤から剥き出しになるチッコ石の中でも、目を引く大きなチッコ石を発見した。他のチッコ石はマリーの拳からその2・3倍ほどの大きさにも関わらず、その1個だけは特別大きかった。

 マリーが注目したチッコ石は、マリーの身の丈ほどの大きさもある。それを抱えて、湖面に上がれば「試練」はクリアだ。


『汝、我らが「宝物」を掲げよ。

 果てに汝は、我らが誇りを手にするだろう』


 マリーは自力での「試練」突破に胸を高鳴らせて、特大のチッコ石を抱きかかえた。ボロボロと周囲で色鮮やかな鉱石の数々が崩れ落ちながらも、マリーは上へ視線を上げた。


「よし、このまま浮上するだけだ――――」


 マリーは気泡の潜水艦の中で、最後の力と智恵を振り絞る。

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