謎は謎を呼ぶ
――――『我らが「宝物」を探し出す「試練」。
「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ。
汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ。
汝、我らが「宝物」を掲げよ。
果てに汝は、我らが誇りを手にするだろう』
ヒッポカンパスの提示した「試練」は、一見謎かけのような文言から始まった。
実際、この文言を宣言したヒッポカンパスの長であるスイスイは、これ以上の言及も補足もしない。何の説明もなく、マリーに時間を明け渡した。
「要は、その「宝物」を探し出せばいいんだよね?」
「まぁ、そうなりますね。今のでヒントは全てですか?」
頭を抱えたマリーとユゥは、単純な問いかけをスイスイへ投げ掛ける。
一方のスイスイは湖面を器用に練り歩きながら、1人と1頭からの質問に答える。
「そうなります。私が提示した言葉より謎を解く、智恵を試す「試練」なのです。
なお、同じことは二度と言いません。直接答えに繋がるような質問は受け付けません。文言の内容についての質問も受け付けませんので悪しからず」
「ちなみに、私がマリーの補佐をするのは?」
「構いませんが、条件は全て共通しますよ」
「と言うと?」
「この「試練」のペナルティは、金輪際私たちの縄張りへの立ち入りを禁止します」
「……」
スイスイの有無を言わせない圧力に、ユゥは息を飲んだ。しかしユゥはマリーと運命をともにすると決意したのだ。もはや躊躇いはなく、瞬時に是と頷いた。
「いいでしょう。では、頑張って「試練」に挑んでください」
そう言ったスイスイは、マリーとユゥの佇む湖畔から離れた。前足の水掻きで湖面を踏み締め、尾びれで水を押す。いつ見ても不思議な光景ではあるが、ヒッポカンパスとは水面を歩く海馬であるのだ。
スイスイは他のヒッポカンパスたちが姿を潜ませる岩陰に辿り着くと、遠巻きにマリーたちの動向を観察している。
「ここで見ているから頑張れ、ってことかな」
「えぇ。それに、限られているとは言え彼には質問もできます。公平なジャッジ役として付き添ってくれるようですね。
私たちは、早速謎解きに取り掛かるとしましょう」
「うん!
……で、何て言ってたっけ?」
気合いを充填したマリーだが、同時に恥じらいながらユゥに問い掛けた。やる気はあれど、それだけでマリーの頭脳が明晰になるわけではない。
スイスイの文言を注意深く聞いていたとはいえ、一回ぽっきりで覚えられるはずがなかったのだ。
「『我らが「宝物」を探し出す「試練」。
「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ。
汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ。
汝、我らが「宝物」を掲げよ。
果てに汝は、我らが誇りを手にするだろう』
ですね。最初から一つずつ噛み砕いていくのが定番だと思います」
「そうだね。
最初の一文は『我らが「宝物」を探し出す「試練」』だったね。この言葉をそのまま受け取るとなると、「宝物」を探し出せば「試練」を突破したことになるんだね」
「そして次の一文は『「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ』。
これは「宝物」の在り処を示しているものですね」
丁寧に一文ずつ噛み締めると、マリーたちの視線は目の前の湖に向かっていた。
スイスイが提示した制限時間は「日没後一刻まで」だ。現在は太陽が丁度頭上に昇ったころ、正午くらいであろう。目の前に広がる清らかな湖は、とてもじゃないがしらみつぶしに当たるには広大すぎる。
この湖に繋がる数々の支流を含めるとなると、一日の内には終わらないだろう。
川底まで見えるほど清く澄み渡った清流であれど、片っ端から見て回るのは非現実的である。
こういうときは基本に立ち返り、文言の中からヒントを探る。
すると「あっ」とマリーが閃いた。
「確か「宝物」は「深き水底」にあるんだよね。じゃあ、底まで見える川は除外してもいいんじゃないかな?」
「そうですね。さらに言うならば湖の浅い場所も捜索対象から外せます。さすがですね、マリー」
「てへへ……」
光明を開いたマリーは照れ臭そうに頭を掻いた。と同時に湖畔から湖を見渡して捜索場所の当てを付ける。
「ねぇ、スイスイさん!」
「なんでしょう?」
マリーは声を張り上げて対岸のスイスイへ語りかけた。
スイスイも同じく声を張り上げ、マリーの質問に答える。
「この湖って深さはどれくらいなの?」
「どれくらいとは随分とアバウトな質問ですね」
「えーと、じゃあ言い方を変えるね。
一番深いところで、どれくらいの深さなの?」
「一番深いところは、私たちヒッポカンパスでも潜れたことはありません。私たちはえら呼吸できないので際限なく潜れるわけではありません。
なので「どれくらいの深さ」という質問に対する答えは「不明」です」
「なるほどなるほど。ちなみに一番深い場所は湖のどの辺りなの?」
「湖の中央部分ですね」
「ありがと!」
「では引き続き頑張ってくださいね」
叫び声で質疑応答をすると、円満に質問を終えた。
このやり取りから得られた情報を元に、マリーたちは再び謎解きに戻る。
『我らが「宝物」を探し出す「試練」。
「宝物」は深き水底にて、輝きを受けて汝を待つのみ。
汝、光を切り裂き「宝物」に手を伸ばすのみ。
汝、我らが「宝物」を掲げよ。
果てに汝は、我らが誇りを手にするだろう』
マリーとユゥはこの謎と紐解いていく。一文ずつを噛み砕き咀嚼する。しかし「宝物」の謎は一向に明らかになることはなく、時間は淡々と過ぎていく。
天頂に昇っていて太陽は、気が付いたときには霊峰の隙間に隠れていた。
刻限まで残り僅かだ。日没までは数十分、その後の猶予は一刻である。
マリーとユゥは、ヒッポカンパスの「試練」を解き明かすことはできるのか――――。




