さざめき
ユゥの「試練」を踏破したマリーは、次の日の朝を爽快な気分で迎えていた。
今まで力を貸してくれていたユゥだが、マリーを真の主人と認めてからは一層献身的に働いてくれる。
マリーが最高の寝覚めを迎えてい理由の一つに、毎朝の習慣となりつつある清流の一杯があった。目が覚めるような冷たさに清々しい喉ごし、さらには骨身の髄にまで染み渡る味わいが癖になる。
「はー、美味しいねー」
「お気に召していただいて何よりです」
ユゥはいつも通りの柔和な笑みでマリーを見詰める。その晴れやかな表情からは、「試練」のときのような険しさも厳かさもない。紳士的で清廉潔白なユニコーンそのものだ。
ユゥはマリーの伸びを眺めていると、袖から覗く白肌に視線が行く。マリーの白く細い腕にに残った傷痕に胸を痛め、改めて深々と頭を垂れた。
「その、「試練」とは言え申し訳ございませんでした」
「え、何が?
……あ、この傷のこと?」
「えぇ。マリーは魔女と言えど普通の少女です。それを忘れて、私もつい熱が籠ってしまい、傷を残してしまう結果となり……」
「いいのいいの。これはユゥが私に本気で向き合ってくれた結果だし、ただの傷なら自分で治せるくらいには魔法使えるんだよ。治癒の魔法はあんまり得意じゃないから痕は残っちゃうけど、見た目ほどの怪我じゃないんだよ」
「そう言ってくれると幸いです」
「あー止め止め! この話終わり! 次の「試練」は、誰のがおすすめ? もしくはどんな幻獣がいるの?」
マリーは沈んだユゥを励まそうと話題を切り替えた。
ユゥはマリーの気遣いを察して、沈んでいた顔を持ち上げる。マリーと視線がぶつかると、彼女は力強い微笑みを浮かべた。マリーに吊られて、ユゥも自然と笑みが零れる。
「そうですね。他の幻獣で言えば、マリーと面識のあるのはグリフォンだけでしょうか」
「そうだね。グリフォンも「試練」とか言ってたし、何か無理難題を突き付けられそうな雰囲気ではあったね。
もしかして、次はグリフォンの「試練」かな?」
「それを決めるのはマリーです。が、グリフォンの「試練」は正直に言って尚早かと思います」
「そんなに無理な内容なの?」
マリーは純粋な疑問を浮かべて首を傾げた。
「私も彼の「試練」の内容を知りませんので何とも言えませんが、彼の「試練」の踏破率は聞くところによると0%です」
「誰も「試練」をクリアできていないってこと?」
「はい。そして彼は「試練」に敗けた者を殺します」
「だから詳しい内容は分からない、ってことね」
「ですが、彼に圧倒的に有利な内容であることに違いはありません。マリーが「試練」に慣れるまでは挑まない方が無難でしょう」
ユゥは善意と親切心から難色を示す。
マリーもユゥの提言に同意し、次の案を捻出する。
深く唸り声を上げるマリーに向け、ユゥは待っていたと言わんばかりに一角を持ち上げる。自信満々に顔を上げ、マリーに顔を近付ける。
「その代わりと言っては何ですが、マリーに紹介したい幻獣がいます。「ヒッポカンパス」とい幻獣はご存じですか?」
「ヒッポ……「ヒポポタマス」? 違う、それはカバだ。
ごめん、ちょっと分からない」
マリーは聞き慣れない名前に首を捻ると同時に、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「半馬半魚の幻獣です。マリーが毎朝飲んでいる水を分けてくれている、清流の主ですね。
マリーの話をすると、「ぜひ会ってみたい」と言っているのです」
「友好的な幻獣なんだね。私もお水を分けてもらっている立場だし、ぜひとも会ってお礼を言いたいな」
そして「試練」に挑む、とは突拍子もない話だが、そうでもしないと幻獣とのネットワークは広げられない。
「大丈夫です。彼らには私たちの事情を説明していますので、まずは会ってみましょう」
「さすがユゥ。仕事が早いね」
調子のよく答えたマリーは、早速ユゥの背中に跨った。
ユゥはマリーがしっかりと身体を固定させたことを確認すると、景気付けに嘶いた。
「では、行きます――――!」
大地を蹴ったユゥは疾風を追い越して、勇猛に霊峰を駆け抜けた。
魔女とユニコーンのコンビは、海馬ヒッポカンパスたちが住まう湖へと向かう。




