表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「絶界領域チョウラン」編
215/369

風に乗る

 マリーは風になったユゥへ手を伸ばした。

 吹き抜ける疾風と化したユゥは掴むことは不能。しかしマリーは何としてでも、この手に風を納めなければいけない。


「くそ――――」


 奥歯を噛み締めたマリーは一心に願う。そして祈り、想像する。勝利の瞬間を、そして風を掴むイメージを掻き立てる。

 その結果、マリーが得たイメージは単純な帰結を果たした。


「ふぅ……――――」


 マリーの呼吸は整った。肺の奥底から息を吐き、全身を脱力させる。ユゥにしがみついて凝り固まったはずの身体は、不思議と楽になる。まるで空中に浮かび上がるような感覚に陥り、そのまま風になる。

 比喩ではない。


『っ!? まさかマリー、貴女は!?』


 風を掴むためにマリーが選んだ道は、己も風に成ることであった。



『この「試練」、乗り越えさせてもらうよ!』


 風に成ったマリーは、吹き抜けるユゥの影へ迫った。身体の操作に慣れていない覚束ない挙動は隙だらけだが、ユゥの驚嘆した間に肉薄に成功する。そのままユゥの風にまとわりつき、遂に風になったユゥを捕まえた。


『くっ。何かしてくるとは思っていましたが、まさかこのような手をしてくるとは』

『このまま捕まえさせてもらうよ!』


 風になったマリーは、勢いでユゥに食い下がる。

 ユゥは完全に想定外だった抵抗に困惑しながらも、すぐさま体勢を立て直して疾走を続ける。

 一見、疾風に化けることの経験を積んだユゥが有利かと思われたが、マリーも思いの他食い下がる。

 意地でもユゥから離れないマリーは、その風を掴んで駆け抜ける。

 「風に成る」という奇妙な体験の最中にいるマリーは、高鳴る鼓動の中で一目散に駆け抜けていた。

 ノリと勢いで風になりはしたものの、戻る方法も身体を操る術もよく分からない。不安は残るものの、目の前のことに一途に邁進する。

 マリーの底意地はユゥに届き、その風を完全に制した。

 決してユゥが手を抜いたわけではない。マリーの成長と意地が、ユゥの想定を凌駕したのだ。これこそ、ユゥが言っていた「勇気と叡智」というものなのだろう。

 マリーの気概と実力、そして勇気と叡智を理解したユゥは、最後の「試練」を課した。


『ならばマリー、私の渾身の疾走に付いて来てください。最後の「試練」です!』

『受けて立つよ!』


 マリーの返答を受け、ユゥは口角を吊り上げた。もちろん風に化しているため、実際に見えたわけではない。

 しかす少なくとも、マリーにはユゥの微笑みが見えた気がした。


『では、行きます――――!』


 ユゥはさらにスピードを上げる。マリーが己に追い縋っていることを確認すると、目指す先を灰色の岩肌に定める。

 ユゥが掲げた最後の「試練」とは、一刺しの槍となった己との一体であった。ユゥの権能は「風に成る」ことである。

 しかし、ただ「風に成る」だけではない。ユニコーンとして誇る一角は疾風の中において、最大の威力を発揮するのだ。

 誇り高き一角と「疾風」の掛け合わせこそ、ユゥが持つ最大の攻撃手段であった。

 牙城や山岳を貫く弩は、躊躇なく霊峰を穿った。


『ぅ、ぅぅぅ――――!』


 マリーは霊峰を震わせる衝撃に苦悶を漏らしながら、それでもユゥに食い下がる。脳を揺らす振動に鼓膜を震わせる爆音、マリーは奥歯を噛み締めて不快な衝撃の中で堪える。


 天まで聳え立つ霊峰の中腹に、一つの穴が開通した。


 その風穴から吹き抜けた風は、姿形を取り戻して空中を駆けた。

 1頭の一角獣と1人の少女が天を仰ぐ。

 純白の一角獣は、主人と定めた魔女を背中に乗せて天高く嘶いた。


「マリー、貴女の行く道に私を連れて行っていただけますか?」

「っ……、もちろん!

 これからよろしくね、ユゥ!」


 マリーは第一の「試練」を踏破した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ