風に乗る
マリーは風になったユゥへ手を伸ばした。
吹き抜ける疾風と化したユゥは掴むことは不能。しかしマリーは何としてでも、この手に風を納めなければいけない。
「くそ――――」
奥歯を噛み締めたマリーは一心に願う。そして祈り、想像する。勝利の瞬間を、そして風を掴むイメージを掻き立てる。
その結果、マリーが得たイメージは単純な帰結を果たした。
「ふぅ……――――」
マリーの呼吸は整った。肺の奥底から息を吐き、全身を脱力させる。ユゥにしがみついて凝り固まったはずの身体は、不思議と楽になる。まるで空中に浮かび上がるような感覚に陥り、そのまま風になる。
比喩ではない。
『っ!? まさかマリー、貴女は!?』
風を掴むためにマリーが選んだ道は、己も風に成ることであった。
『この「試練」、乗り越えさせてもらうよ!』
風に成ったマリーは、吹き抜けるユゥの影へ迫った。身体の操作に慣れていない覚束ない挙動は隙だらけだが、ユゥの驚嘆した間に肉薄に成功する。そのままユゥの風にまとわりつき、遂に風になったユゥを捕まえた。
『くっ。何かしてくるとは思っていましたが、まさかこのような手をしてくるとは』
『このまま捕まえさせてもらうよ!』
風になったマリーは、勢いでユゥに食い下がる。
ユゥは完全に想定外だった抵抗に困惑しながらも、すぐさま体勢を立て直して疾走を続ける。
一見、疾風に化けることの経験を積んだユゥが有利かと思われたが、マリーも思いの他食い下がる。
意地でもユゥから離れないマリーは、その風を掴んで駆け抜ける。
「風に成る」という奇妙な体験の最中にいるマリーは、高鳴る鼓動の中で一目散に駆け抜けていた。
ノリと勢いで風になりはしたものの、戻る方法も身体を操る術もよく分からない。不安は残るものの、目の前のことに一途に邁進する。
マリーの底意地はユゥに届き、その風を完全に制した。
決してユゥが手を抜いたわけではない。マリーの成長と意地が、ユゥの想定を凌駕したのだ。これこそ、ユゥが言っていた「勇気と叡智」というものなのだろう。
マリーの気概と実力、そして勇気と叡智を理解したユゥは、最後の「試練」を課した。
『ならばマリー、私の渾身の疾走に付いて来てください。最後の「試練」です!』
『受けて立つよ!』
マリーの返答を受け、ユゥは口角を吊り上げた。もちろん風に化しているため、実際に見えたわけではない。
しかす少なくとも、マリーにはユゥの微笑みが見えた気がした。
『では、行きます――――!』
ユゥはさらにスピードを上げる。マリーが己に追い縋っていることを確認すると、目指す先を灰色の岩肌に定める。
ユゥが掲げた最後の「試練」とは、一刺しの槍となった己との一体であった。ユゥの権能は「風に成る」ことである。
しかし、ただ「風に成る」だけではない。ユニコーンとして誇る一角は疾風の中において、最大の威力を発揮するのだ。
誇り高き一角と「疾風」の掛け合わせこそ、ユゥが持つ最大の攻撃手段であった。
牙城や山岳を貫く弩は、躊躇なく霊峰を穿った。
『ぅ、ぅぅぅ――――!』
マリーは霊峰を震わせる衝撃に苦悶を漏らしながら、それでもユゥに食い下がる。脳を揺らす振動に鼓膜を震わせる爆音、マリーは奥歯を噛み締めて不快な衝撃の中で堪える。
天まで聳え立つ霊峰の中腹に、一つの穴が開通した。
その風穴から吹き抜けた風は、姿形を取り戻して空中を駆けた。
1頭の一角獣と1人の少女が天を仰ぐ。
純白の一角獣は、主人と定めた魔女を背中に乗せて天高く嘶いた。
「マリー、貴女の行く道に私を連れて行っていただけますか?」
「っ……、もちろん!
これからよろしくね、ユゥ!」
マリーは第一の「試練」を踏破した。




