違う朝
マリーが「試練」を突破する打開策を獲得してから一夜が明けた。
清々しい朝に爽快な思いを掲げ、マリーの顔付きは一層精悍に見える。
ユゥはマリーの表情を窺い、何か今までと違う緊張感に背筋を伸ばした。
「今日はいつになく気合いが入っていますね」
「まぁね。今日こそは「試練」、突破させてもらうよ!」
「いい心意気です。では、始めますか?」
「もちろん!」
意気込んだマリーは、颯爽とユゥの背中に跨った。この数日繰り返してきた行動に一切の淀みはない。
マリーの重みを背中に感じ、ユゥは嘶いた。そして二度、蹄を鳴らして疾走を開始する。
ゼロから一気に上がる速力を、マリーは身体強化の魔法で堪えた。
{くぅぅ――――」
マリーは今まで通りの手法でユゥの駆け出しを堪える。前方から迫る風圧は身体を巻き上げるほどに強烈ではあるが、これでも未だに助走の段階である。本気の「ほ」の字も出していない。
ユゥは調子を上げて、さらにスロットルを開く。助走からさらに速度を上げて、いよいよマリーを振り落とすほどの加速が乗った。
「ぅぅぅ――――」
マリーはまだまだ堪える。身体強化でユゥの背中にしがみつき、風圧とGに歯向かう。
ユゥはマリーを振り落とすために老獪に手段を講じる。加速に加えて減速を織り交ぜ、しがみつくマリーへ負荷をかける。さらには霊峰を大回りする道筋を辿り、遠心力を加えて本格的にマリーにプレッシャーを与える。
そのとだった。今までならばマリーはここで振り落とされていた。しかし、マリーに秘策あり。マリーは満を持して秘策を使用する。
「今だぁぁぁ!」
「っ、これは!?」
マリーの雄叫びと同時に、ユゥの身体に不思議な違和感がまとわりつく。それはマリーとユゥの身体を縛り付けるものであり、真の意味で1人と1頭の身体は完全に密着した。
マリーが用意した秘策とは、とどのつまり力業であった。魔法で身体を縛り付け、物理的に離れることがないように拘束する。
「騎乗する「試練」でこれはギリギリアウトかもしれないけど、是非もないよね。使える手段を何でも使っていいんだから、文句は言わせないよ!」
マリーはしてやったりの高揚感に包まれて高らかに宣言する。
対するユゥに興が乗ってきたのか、昂った声音で反駁する。
「文句などとんでもありません。「試練」とは己の全てを出し尽くして威を示すもの。そこに割って入るものは、実力以外の何物でもありません。それはひねくれていようとも、叡智も実力なのです!
だからこそ、マリーこそ文句はなしですよ」
同時にユゥは満足そうに微笑んだ。
その裏のある笑みに疑問符を浮かべるよりも早く、ユゥも秘策を投じた。
「では、本気で行きます――――!」
「あぇっ!?」
ユゥの本気宣言と同時に、マリーとユゥを縛り付ける拘束が解かれた。1人と1頭を括りつけていたものは空中を揺蕩い、空ぶって虚空に消える。
ユゥは実体を持つ一角獣の姿を失い、一陣の疾風と化していた。比喩ではなく、ユゥの身体は実体のない風になり、空を穿つ一振りの槍にも変化する。
無論、騎乗しているマリーの身体は宙に放り出され、慣性のままに飛来した。
「ちょっと、実体がなくなるとか聞いてないんですけど!?」
『これも私の実力の内です。これを乗り越えてこそ、「試練」を突破したと言えましょう』
「もう「騎乗」関係ないじゃん!
……って、私も文句言えないんだけど」
しかしマリーは諦めない。空を舞う身体を飛翔の魔法で立て直す。まだ地面に脚を付いておらず、「試練」は終わっていない。
マリーは秘策を披露して後には退けない。この挑戦で「試練」を乗り越えなければ、マリーの勝利は大きく遠のいてしまうだろう。
マリーはこの挑戦を負けられない戦いと位置づけ、ぶっつけ本番で大技を繰り出そうとしていた。




