一角獣の試練
「マリーには、私の「試練」を乗り越えてもらいます」
「よしきた。なんでもござれだよ」
「いい意気込みです」
マリーは概要の掴めない「試練」に対しても、腕まくりをし意気込みを見せた。
ユゥは鼻息を荒くして、幻獣の誇りを賭した「試練」を提示した。
「マリーには、私に騎乗してもらいます」
「それって今までしてくれていたことじゃなくて?」
「ええ。今までマリーを乗せていたのは、あくまで「移動」の範疇です。これから受けていただく「試練」は、私の全身全霊の疾走を乗りこなしてもらいます」
「ま、任せなさい!」
と言いつつも、マリーは一抹の不安を抱えた。
ユゥの背中に乗り、疾走の経験はもちろんある。その騎乗でさえ歯を食い縛ってしがみつくことで、ようやく堪え得ることができたのだ。その代償として両腕が痺れるほどに力み、二度続けては不可能だと悟った。
ユゥはその疾走を「移動の範疇」と吐き捨てた。つまり本気ではない。次なる「試練」はユゥの全力だと言う。
固唾を飲んだマリーだが、前言を覆すことはしない。戻る道はないのだから、無論進むしかない。覚悟した上で、地龍に対しても「試練」に挑むと啖呵を切ったのだ。
「……始めよう」
「いい返事です。
さぁ、乗ってください!」
ユゥはマリーの快活な返答を受けて背中を差し出した。膝を折り、純白の背中にマリーを乗せた。もちろんその背中に鞍はなく手綱もない。
マリーはユゥの武骨な背中を太腿で挟み、紺碧の鬣を握り締めて肩に力を込める。あとはユゥの背中にっ身体を密着させて、全身の力でしがみついた。
マリーの準備は完了した。
ユゥは嘶き、蹄を二度鳴らす。それが、疾走の合図だった。
「――――っ!?」
マリーが呼吸を整えると同時に、ユゥは速度を上げた。急速な加速は、騎乗しているマリーに過度なGをかける。
「くぅぅぅ――――」
マリーは脚と腕、背筋に肩甲骨、全身を緊張させてユゥの背中にしがみつく。この速度の疾走であれば、魂を込めて踏ん張れば耐えられる。前方から押し迫る風圧と身体を持ち上げる負荷に負けじと力を込める。
(堪えていますね……。では、これならどうですか)
ユゥはマリーの踏ん張る様子を横目で確認した。その必死な姿勢に微笑ましさを感じる程度には、余裕が残っている。
そしてこれは「試練」だ。マリーのための特訓ではなく、挑戦者を蹴落とすための無理難題なのだ。
よってユゥが取る行動は一つ。
――――速度を上げた。
「くぅっ――――!」
マリーが異世界を戦い抜いて来た魔女だとしても、身体能力は1人の少女だ。その過負荷に耐えられるだけの訓練は積んでおらず、この拮抗状態が長く続くわけがなかった。
「なっ!?」
遂にマリーの手が離れた。掴んでいたユゥの鬣は遠のき、身体が仰け反る。すると帆となった上半身には前方からの風圧がぶつかり、マリーの身体を巻き上げた。こうなればどれだけ脚で踏ん張りをかけても耐えられない。マリーの身体はユゥの背中から完全に離れ、高らかに空中を舞った。
空中に巻き上げられたマリーは、次に地面へ目掛けて落下する。
全身の感覚を喪失したマリーは、咄嗟の回避に出遅れる。落下を阻止する手段を出せずに、灰色の地面に鼻先を掠める。
「――――……う。ありがとう、ユゥ」
しかしマリーは地面に顔面から落ちることはなかった。
疾走したユゥは身体を反転させて、落下するマリーを自慢の角で掬った。
ユゥはマリーを地面にゆっくりおろすと、息一つとして荒らげない涼しげな顔を向ける。
マリーは完全な失敗を悟る。落ち込む気持ちのまま、沈んだ声でユゥに問い掛ける。
「失敗だよね?」
「そうですね」
「まだ挑戦できる?」
「もちろん。私の「試練」は生死を賭けたものではありません。勇気と叡智を試すものです。それに失敗はつきもの。一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度。そういう「試練」です。
そして「試練」とは挑む者・受ける者の両者が使える手段の全てを出し尽くすものです。生殺与奪の「試練」だって存在するので気を付けてください」
「……はい」
反省の念を込めて、マリーは深々と頷いた。そしてすぐさま気持ちを切り替え、挑戦意欲を露わにする。
「もう一回、いいかな!?」
「もちろんです。その意欲、歓迎しましょう。
ではもう一度背中に」
マリーはユゥに促されるまま再び騎乗した。先ほどと同じように脚でユゥの背中を挟み込み、鬣を掴んで身体を引き寄せる。ユゥの背中とマリーの身体を同化させ、一つの「馬」となって抵抗を最小化する。
さらに、マリーには新たな策があった。
先ほどユゥが口にした言葉から、新技の着想を得た。
「試練」とは使える手段の全てを出し尽くすもの。故にユゥは急加速によってマリーを振り落とした。
ならば、マリーとて身体能力だけで勝負はしない。
自覚はなくとも、マリーは魔女なのだから。魔女ならば魔女の戦い方があるのだ。
秘策を胸に秘めたマリーを背に乗せ、ユゥは二度目の疾走を始めた――――。




