名前を聞かせて
「――――ではマリー、最初の「試練」から始めましょう」
「うん」
地龍に向かって威勢よく啖呵を切ったマリーは、ユニコーンとともに気合いを入れた。
「……それより、あなたの名前聞いてなかったね。聞いてもいい?」
マリーは突然思い出したように問い掛ける。
唐突に尋ねられたユニコーンは、突拍子のない質問に困惑した。その理由としては、突然の質問だったからではない。その質問ないようにこそユニコーンは困り果てた。
「私の「名前」ですか……」
「もしかして言い辛いことだった?」
「いいえ、そうではありません。ただ、私の名前ですか……。困りましたね」
「何か訳があるなら聞かせて? 私で力になれることなら協力する!」
ユニコーンは親身になってマリーを案内してくれたのだ。
その恩を返す機会だとマリーは息巻き、同時に真に不安になってユニコーンの顔を覗き込む。
「それがですね、私には「名前」というものはないのですよ」
「え。どうして?」
「幻獣という種族はただでさえ数が少ないのすが、「ユニコーン」と「ペガサス」という幻獣は特に個体数が少ないのです。
そしてこの大陸に残るユニコーンは私のみ」
「だから名前は必要ない、ってこと?」
「ご明察。なので私に個体を識別する「名前」はありません」
ユニコーンは淡々と言ってのけた。その表情には寂寞はなく、「名前」に判別機能以上の価値を見出していないようだ。
しかし、マリーは名前で呼び合うことの意味を知っている。名前を呼ばれることの喜びに、名前を呼ぶことの信頼を、その全てを身を以って経験している。
自分しかいないからと言って名前はないとは、余りにも無残ではないだろうか。そんなことで自分を「ユニコーン」の枠組みに押し込めるなど、無意識だとしても酷ではなかろうか。
ならば、とマリーは前のめりになる。
「だったら私が人肌脱ぐよ。力になるって言ったからね」
「と、言うと?」
「私があなたに名前を付けてもいいかな?」
「別に構いませんが……」
ユニコーンは突如としてアグレッシブになったマリーに困惑した。その前傾姿勢と勢いに気圧され、流れに身を任せて了承してしまう。
鼻息を荒らげたマリーは、独自の世界に入り込み思考を巡らせる。考えに考えた結果、マリーは妙案を捻り出した。
「決まった、あなたの名前!」
「それではお聞かせいただけますか?」
「もちろん。あなたの名前は「ユゥ」です」
ドドーン!
正しくこのような効果音が爆裂した。
それほどの勢いでマリーは人差し指を突き立て、ユニコーンに堂々たる宣言を上げた。
「その心は?」
「ユニコーンだから「ユゥ」。響きも可愛いでしょ。もしかして嫌だった……?」
「いいえ。とっても愛らしい名前かと。私も気に入りました……「ユゥ」」
不安そうに顔をしかめたマリーに、ユニコーンは相変わらずの紳士っぷりで対応する。しかし「ユゥ」という名前を気に入っているのも事実だ。ユゥは己の名前を咀嚼するように何度も呟き、空虚だった身体に染み渡る充足感に笑みが零れる。
ユニコーン改め、白い毛並みを風に靡かせたユゥは、高揚した気持ちのままマリーに向き直る。
「では改めて、最初の「試練」を行いましょう」
「うん!
……で、最初に挑む幻獣は誰なの? あのグリフォン?」
「いいえ。もっと身近な幻獣がいるではありませんか」
「んん?」
ユゥは不敵な微笑を湛えた。
その言葉の真意を、マリーは理解しきれずに疑問符を浮かべる。
「最初の「試練」は私です」
「っ!?」
「今まではマリーが魔女ということもあり手助けしていましたが、今後魔王との戦いにて力を貸すこととは話が別です。
不肖ユゥ、マリーに力を貸すために、貴女の力量を示してください」
今までの紳士的な態度から一変、ユゥは毅然と一角を掲げて悠然と猛威を示した。その立ち姿や、幻獣の名に相応しい威光を湛えている。
マリーはユゥからの挑戦を受け取り、真正面から立ち向かうことを決意した。




