魔女の怪
マリーの目の前に広がる光景は、「人里」と形容するに相応しいものだった。
この大地を形作る、硬質な岩盤を加工し居住区画が整備されている。灰色の石壁がそれぞれの趣向を凝らされており、1つとして同じ造形の建物はない。建物の数は決して多くはないものの、これら一つ一つが特殊な技術で建てられていることが窺える。
これらの技術が工業的なものではなく、魔法的なものであることは、マリーにならすぐに看破できる事実であった。
「これは……、人が住んでいた跡なの?」
「そうです。正しくは、170年前に滅んだ魔女たちの遺跡です」
「うそ……。これが、170年前の建物なの?」
マリーは2度驚愕した。一度目が、幻獣の領域であるチョウランに存在する人の生活の痕跡。二度目が、この遺跡が170年という長き時間を経てなお、朽ちるどころか蔦の一本も茂っていないのだ。
たとえ幻獣たちにとっての170年が、人間の170年と異なる物差しであったとしても、この風化の少なさは異常である。
マリーが不思議がり、訝しむ横顔を、ユニコーンは見据えて回答を用意していた。
「この状況は、かつて魔女たちが施した魔法のおかげであると言われています。風化を遅らせる、もしくは封じる加護が働いているそうな」
「死んでも続く魔法っていうのもあるんだね」
「はい。しかし、容易なものではないそうです」
「それだけの魔法を使える人たちがいて、滅んだの?」
マリーとユニコーンは、ともに魔女たちの遺跡に足を踏み入れた。
一言に「遺跡」と言っても、言葉から感じるような古ぼけた印象はない。魔女たちの営みをまざまざと感じられる点では「遺跡」かもしれない。しかし同時に、家主がひょっこり顔を覗かせてもおかしくないほどに現実味を帯びている。
まるで魔女たちが生きていた時間にタイムスリップしたかのような錯覚に陥りながらも、マリーは目を背けることはしない。
「それほどの魔法を使えるからこそ、魔女というコミュニティはギリギリのバランスで成り立っていたのです。そこにもし、崩壊を厭わない異端児が現れてしまえば……」
「その「異端児」っていうのが、アイリーンだったのね」
「そう伝え聞いています。魔女たちが辿った悲劇は、種族を超えてチョウランの中における戒めとして語り継がれているのです」
「悲劇、戒め……。そう、そんなに酷い事件だったのね」
マリーは俯いた。ユニコーンの口から語られた一部の話だけでも、感受性の高いマリーが落ち込むのは当然と言えば当然だ。
しかし、マリーとて落ち込むだけではない。話を最後まで聞くと決意したのなら、何度でも顔を上げて真実と向き合うべきなのだ。
「聞かして。魔女に何があって、アイリーンが何をしたのか。そして、地龍さんが私と間違えた「サリー」って人について」
この決意を表明したとき、すでにマリーは「とある可能性」について考えを張り巡らせていた。
しかし、それを裏付ける確証はない。だからこそ、自ら真実の混沌に脚を踏み入れるしかないのだ。
ユニコーンはもうもったいぶるようなことはしなかった。マリーの懇願を無下にすることなく、正面から語って聞かせる。
「重ね重ね言いますが、私が直接見た話ではありません。私たち幻獣たちの間で連綿と語り継がれている話です。もしかすると誇張や脚色表現、最悪の場合、作り話という可能性も捨てきれません。
それでも、いいですね?」
「もちろん。「火のないところに煙は立たない」ってね。たとえ作り話だったとしても、その話が作られるに至った「何か」があるはず。私はそれを知りたい」
「いいでしょう。では、僭越ながら――――」
ユニコーンは咳払いをして喉を整える。
そんないかにも人間らしい茶目っ気のある行動にマリーは微笑み、その後顔を強張らせた。どのような話を聞いても、それを受け入れて真実を探す。
マリーがするべきことは明白だった。
マリーは手近な椅子に腰を落とし、口を閉ざして耳を傾ける。
ユニコーンはマリーの静聴の様子を確認して、丁寧に語り始める。
「まず、魔女という幻獣は他の幻獣たちとも一線を画した種族でした。その最たる例が、「魔女たちは全員が「魔法」という異能を扱うことができた」ということです。魔法とは、後天的に授かる「権能」とは違い、先天的に授かるものです。
魔女という種族は生まれたての赤子から老婆まで、全員が「魔法」という異能を扱う種族だったのです。それも、権能を授かるような修練もなく、その血に染み付いた才能のみで。
故にかつての地龍様は、魔女を一つの地域に集め、集団として管理を計ったのです」
「それがこの集落だったんだね」
「はい。
そして、古の魔女は地龍様の提案を快く受け入れました」
「それはどうして?」
マリーが純粋な疑問をぶつける。
ユニコーンは話の腰を折られても、機嫌を損ねることなく回答を織り交ぜて流れるように話を続ける。
「魔女は「魔法」という生まれついての「異質さ」から、他の幻獣たちから疎まれ狙われていたのです。チョウランの力関係を簡単に崩壊させることができる異能を、誇りに塗れた幻獣たちが認めるわけがないですから」
「さらっと酷いことを言うね……」
ユニコーンの歯に衣着せぬ物言いに、さすがのマリーも苦笑した。と同時に、理解を示して手を打った。
「つまり地龍さんは、他の幻獣から魔女を保護することを保証したんだね」
「その通り。賢い魔女たちは地龍が示した利点を十分に吟味し、自らこの最奥の土地に安全圏を築いたのです。
その後の魔女という種族の繁栄は目まぐるしく、外敵のいない環境で魔法の研鑽を重ねていき幾星霜がすぎました。
そして、魔女の運命を別つ異端児が生まれたのです」
「それが、アイリーン――――」
ユニコーンは突如深刻な面持ちを浮かべた。
その顔付きから続きを察したマリーは、生唾を飲んだ。これからユニコーンが語る「魔女の悲劇」に、不気味な鼓動が高鳴った。




