その手を取って
突如として吹き込んだつむじ風が、マリーを取り巻くとぐろとなった。マリーを中心に、つむじ風は砂塵を巻き上げた。
「な、何なの――――?」
両腕で砂埃から顔を覆い隠し、マリーは限られた視界の中から情報を探る。恐らくグリフォンが見せた「気圧を操る」という異能とは別の異能が働いている。
その証拠に、マリーは吹き荒ぶつむじ風の中に、蠢く「影」を見出していた。
「貴様! 我の招いた客人であるぞ。我に断りもなく、何のつもりだ!」
つむじ風を睨み付けたグリフォンが猛々しく吼えた。その口ぶりから、グリフォンはつむじ風の術者の正体を知っている。
グリフォンの投げ掛けに答えるように、つむじ風は勢いを強めた。鼓膜を揺らす風切り音は「雑音」に変わり、「雑音」は明確な意図を持った「言葉」に変わる。
『そちらこそ、何も知らぬお嬢様をたぶらかそうとするのは如何かね? 騙し討ちのようなことをして、「幻獣の誇り」とやらはその程度かね?』
「黙れ! 貴様こそ外界の魔女を庇うとは、幻獣の誇りを忘れたか!?」
『やはり、話し合いで相容れないのだね……。
であれば、私たち幻獣の伝統の方法で決着を付ける他にない!』
「いいだろう。なれば遠慮なく――――」
貴様を討つ。
グリフォンが瞳を見開いた。言葉を放つよりも先に、その異能を発揮している。つむじ風の中から放たれた言葉にあった「騙し討ち」に近い奇襲を、グリフォンは涼しい顔でやってのけた。
グリフォンは大翼を広げ気圧を繰る。高気圧の塊をマリーの頭上に展開し、マリーを取り巻くつむじ風ごと押し潰すように叩き付けた。
「貴様を討つ!」
奇襲に遅れて、グリフォンの言葉が届いた。その音が鼓膜を揺らすときには、すでに高気圧のプレスがマリーを襲っていた。
しかし、マリーが潰されることはなかった。
『やはりか!』
つむじ風の中から轟いた声は、グリフォンの奇襲を見越していた。先攻はグリフォンに取られたものの、巻き返しは目を見張るものがあった。
「きゃっ――――!」
マリーを取り巻くつむじ風は、マリーごと巻き上げて高速移動する。
グリフォンの攻撃は決して遅滞あるものではかった。むしろ、淀みなく流れる攻撃の所作は、発動の起点さえ読み切れぬほどに迅速である。
それに対して、つむじ風はマリーを乗せて完全に退避を完了した。後手に回ったのにも関わらず、そこから追い付き、追い越したのだ。
「貴様逃げるか!? 「決着を付ける」と言った言葉、さては、我から逃れるために――――」
逃げおおせるマリーと謎のつむじ風に向かって、グリフォンは地団太を踏んで吼え叫んだ。
しかし、その声はマリーの遥か後方へ置き去りにされてやがて途切れる。グリフォンは自慢の翼を広げ飛翔をしていたが、その挙動の間に視界の外へ完全に撤退した。
マリーはグリフォンに襲われかけていて、それを何者かが救い、そして逃げきった。
ことの顛末は単純でありながら、様々な事情が込み入り複雑。
マリーは闇の深そうな幻獣の領域「チョウラン」にて、マリーは尻餅を着いた。チョウランに入って僅か一刻の間で、すでに二度目だ。なんたるデジャヴ感――――。
『手荒な真似をして申し訳ございません。さぁ、こちらへ――――』
「お」
否、尻餅は着いても、グリフォンのときのように乱雑に振り落とされてはいなかった。割れ物を運ぶかのように、丁重に降ろされてペタリと座り込む。
グリフォンのときのような扱いを覚悟していたマリーは、拍子抜けのエスコートに素っ頓狂な声を上げた。
「突然、私たち幻獣の諍いに巻き込んでしまって申し訳ございません。きちんと事情を説明しますので、聞いていただけますかレディ?」
「おぉ……」
マリーは再び驚嘆の声を上げた。この驚きは、マリーが目にした幻獣の姿に起因する。
マリーを巻き上げていたつむじ風は形を取り戻した。
その姿や、美麗で純白の四肢を持つ幻獣である。蹄を鳴らし戦慄きを上げ、四足で地面を踏み締める姿は「白馬」である。しかし、その白馬の額には、天を目指して聳える銀の一角があった。螺旋を描く一角は鋭利に尖り、紺碧の鬣とのコントラストを描き、彫刻のように引き締まった肉体を引き立たせる。
見惚れるほど美形で、溜め息が零れるほど麗しい幻獣の名を、マリーは知っている。
異世界など関係ない。誰もが知るその幻獣の名は――――。