矜持の問答
一方で、グリフォンに攫われたマリーはどうなったかと言うと――――、
「さぁ、貴様はここで降りよ」
「うっ!」
天を衝く連峰を超えた先、灰色の岩盤が剥き出しになった山岳の中腹で、地面に落とされていた。
「いたた……。ちょっと、もう少し丁寧に扱いなさいよ!」
「喧しい娘よ。魔女ならば、これくらい己の手で堪えてみせよ」
「私は武闘派じゃないの。無茶言わないで」
マリーは砂埃を払うと、立ち上がってグリフォンと対峙した。
改めてグリフォンと向かい合うと、この幻獣中々に大きい。上背はマリーよりも頭一つ大きく、体躯は太くずっしりとしている。その胴に腕を回したところで、手と手が繋がることは到底ないだろう。
首から上は猛禽類の王である鷹、下は百獣の王たる獅子という、グリフォンの聞きしに勝る幻獣っぷりにに、マリーは改めて息を飲んだ。
グリフォンは圧倒されているマリーを見下ろし、相変わらずの高慢さを滲み出させて言葉をかける。
「さて、貴様は我らに「話がある」と申した訳だが、それは真か?」
「そうだよ。私たち「魔女同盟」は、チョウランの領主さんに話があるの」
「我らの領主は地龍様のみだ。だが、その地龍様はもはや存在しない。それでもか?」
「その話なんだけど、本当に地龍さんは死んだの?」
「たわけ! 地龍様を「さん」付けなど図が高いわ!」
マリーの失言に対し、グリフォンは声を荒らげてがなり立てた。
このやり取りにも慣れつつあるマリーは、耳を塞いでグリフォンの落雷をやり過ごす。
「……それで、本当の話なの?」
「無論、我が偽りを言う訳がなかろう。
……して、貴様は如何する?」
グリフォンは鋭い鷹の目を細め、荘厳な声で問い掛ける。
マリーはグリフォンの威圧感に改めて気圧されつつも、退いてはいられないと己を鼓舞する。怯んだ弱腰に鞭を打ち、気丈に顔を上げた。
「それでも、私は話がしたい。あなたたち幻獣と分かり合うことをしたい。そして、力を貸して欲しい」
「ほぅ……」
マリーの真剣な面持ちに、グリフォンは心外そうな顔をした。今までころころと移ろう表情を浮かべていたマリーの決意を抱いた顔付きに、僅かながらに興味を抱く。
「ならば、聞いてやろう」
グリフォンは魔女の薫りを漂わせるマリーを同等を認め、その言の葉に耳を傾ける。ここにきてようやくやっと、グリフォンが歩み寄りを見せた。
マリーは決死の決心を抱く。ここでグリフォンの琴線に触れれば、一触即発の戦闘に入るだろう。
それだけマリーが実力を備え、多種多様な魔法を扱えるようになれど、戦闘経験が圧倒的に低い。マリーとグリフォンの戦闘になれば、恐らくマリーがグリフォンに勝利する確率は、敗北する確率より低いだろう。
マリーは慎重に言葉を選ぶ。一言一句に気を配りながら、マリーと道周が辿ってきた異世界転生の旅路を語る。そこから枝葉のように伸びるフロンティア大陸での冒険を語り、魔女同盟について力説した。
――――魔王を倒すための同盟を作る。
現状、「四大領域」の内、チョウラン以外の3つの領域が同盟の参加を表明した。
そして、かつて大陸を裏切った勇者マサキが死んだこと。
魔王軍との最終決戦が確実に近づいている今、チョウランの、幻獣たちの協力が不可欠であること――――。
これらの全てを語り尽くした。マリーは熱を込め、真心を込め、グリフォンに訴えかけた。
グリフォンは、語るマリーを真剣な眼差しで見詰める。真摯に耳を傾け、その話が終わると大きく頷いた。
「なるほど。貴様らの言い分も、その背景も理解した」
「だったら――――」
「協力してくれる?」とマリーが尋ねる前に、グリフォンは答えを返した。
「我らと対等に戦うと言うのならば、まずは貴様の力を示してもらおう」
グリフォンの瞳が怪しく光った。これまでの誇りに満ちた輝きとは打って変わって、グリフォンが孕んだ眼光には怪しさが宿る。
マリーは生唾を飲んで冷汗をかいた。神妙な緊張感につままれながらも、覚悟を決めて首肯する。
腹に企みを抱えたグリフォンは、口角を吊り上げて言葉を紡いだ。
「貴様に試練を与え――――」
グリフォンが宣言を上げる刹那、一陣の疾風がマリーを覆った。




