放つは魔剣、迎えるは黒剣 2
道周の怒号が一帯に轟いた。
火炎を斬られた竜人騎士たちは狼狽え、関所の守衛たちは目を疑った。
頼もしい道周の背中を眺めるリュージーンは不覚にも涙ぐんでしまう。
「異世界人、お前……俺のために」
「そんなわけないだろ阿呆。キモいこと言ってると斬るぞ」
リュージーン、押し黙る。
「テンバー、ついでにお前も斬ってやるよ。竜人って言っても、火炎が無効なら敵じゃないだろ」
「だと思うのなら、もう一度我らの炎を受けてみるか」
テンバーは道周の挑発に鼻を鳴らした。敗北は有り得ぬという絶対の自信からくる態度であった。
テンバーの挙動に合わせ後衛の竜人たちが再び陣形を整える。橙の竜角から放たれる熱は火花を散らし、開かれた口に収束した。
竜人の真骨頂である火炎弾。
手練れの竜人が放つ火炎弾ならば鋼鉄さえ数発で熔解させることが可能だ。
しかし最大の強みは汎用性にある。
竜人の炎熱を放出する能力は側頭部から生える二本の角に起因する。
火炎弾の仕組みは熱を操りエネルギーを収束させ、並外れた肺活量をもって放つことで成立する。
そして火炎弾は可燃性が高く延焼しやすい性質のものから、爆発するものまで幅広く転用が可能である。
球以外の形状を生成することも可能であり、操作に長けた竜角ほど大きくより鮮やかな橙色で生え揃うのだ。
炎熱の操作能力が秀でているからこそ橙角が逞しく鮮やかになる。ゆえに畏敬を集めるのだ。
(来る!)
「放て!」
道周の見切りとテンバーの号令は寸分違わぬ同時であった。
後衛の竜人たちが放つ火炎弾は聚雨の如き苛烈さで迫る。
「ひぃっ!?」
竜人たちのお家芸とも言える一斉掃射にリュージーンは情けない声で怯えた。
しかし道周は下がるではなく、大きな一歩で前進してみせた。
一歩目の前進で魔剣を振り上げ火炎弾を等分する。二歩目、三歩目と前へ踏み出し剣を左右に靡かせると、刃に触れる火炎弾は果実のように容易く分割された。
「火炎弾を両断するだと!?」
「馬鹿な、触れただけで即起爆の火球だぞ! 有り得ん!?」
竜人たちは火炎弾を放ち続けるが、道周の振るう魔剣に切断され霧散していく。
当の道周はさも当たり前かのような表情で一歩また一歩と前へ進む。
まるで地面を滑るかのごとき進撃に、後衛の竜人騎士たちが隊列を乱した。
道周は波乱に漬け込み更なる攻勢に転じた。
「喰らえっ!」
道周は回転し周囲の火炎弾を凪ぎ払うと、地を蹴って上段に構えた魔剣を垂直に振り下ろす。狙うは後衛の頭、竜角ごと叩き斬る。
「させるものか!」
刹那、剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り渡る。
間にテンバーが割って入り、重厚な黒剣で魔剣を正面から受け止めた。
道周はテンバーの乱入を意に介することなく、続けざまに二擊目を打ち込む。
しかしテンバーは黒剣の剣捌きで易々と魔剣をいなしてしまう。
「……っ!? くそ!」
意地になった道周は縦横の一閃と打突で立体的な攻撃を仕掛ける。
守るテンバーは反射神経を駆使して剣閃の雨を掻い潜る。必要最低限の手数で魔剣を受け流し、軽い身のこなしで一撃も掠りはしない。
「くっ、さすがに手強いか……!」
「吠えた割には半端な剣だ。堅さがある、迷いか?」
「うるせぇ!」
道周はありったけの力を込め、魔剣をテンバーの鳩尾目掛けて突き立てる。
丹田へ目掛けて放たれた突きは、テンバーの反射神経と運動能力を動員しても避けきれない必殺の一撃。
「考えが浅はかだな」
テンバーは手首を柔らかく回転させ黒剣で円を描いた。柔らかく流れる剣の動きで道周の一撃は意図も容易く弾かれる。
正しく"剛"と"柔"を極めた剣技は、どの竜人騎士よりもずば抜けて高いことが伺える。
「その程度か異世界人?」
「な訳、あるかぁ!」
道周は激しく息を切らしながら、テンバーへの腹部へ不意の蹴りを入れた。アドリブの攻撃に道周はバランスを崩しながらも、左脚はテンバーの鳩尾に強い手応えを覚える。
「よし……っ!?」
「甘いぞ!」
だがテンバーの頑丈な腹筋が受け止めていた。鎧のような筋肉に防がれた脚は、樹木のように堅牢な右腕に掴まれる。
そしてテンバーが振りかざす左手の中で黒剣がギラつく。無論、テンバーの黒剣にかかれば人肉人骨の両断など紙の裁断と相違なく容易。
(まずい!)
テンバー動きに悪寒を感じた道周は、反射的に身体を繰る。
地面に着いた手を支えに身体をふりまわした。テンバーに押さつけられた左脚を軸に独楽のように回転した。
力ずくで回転し地面に倒れ込みながらも、道周の右脚がテンバーの左腕を打ち抜いた。
テンバーは道周の抵抗に不意を突かれてよろめいた。
「小癪!」
しかし間髪入れずに体勢を寄り戻し、倒れ込む道周目掛けて黒剣を突き穿つ。
「あっっぶね!」
道周は黒剣に脇腹を掠められながらも、でんぐり返しで地面を転がり距離を空ける。
テンバーは追撃を続け黒剣で攻め立てる。
数撃の攻と避の後、道周は魔剣を握り締め立ち上がった。
「この野郎!」
「ふんっ!」
道周は反撃をテンバーは手堅く防いだ。
続くテンバーのカウンターを道周は避け拳打で返す。
「おら!」
「ふっ!」
「くそ……、破ぁっ!」
「むぅ!? 甘い!」
「ぐはぁ!
……まだまだ!」
「そこだ!」
手練れ同士の攻防は地力の差が戦況を別ける。
道周は何とか致命打を避けつつも、細かな被弾で確実に体力を削られている。じり貧を強いられているのは火を見るより明らかだ。
対するテンバーは堅実に確実に優位に立つ。後は詰め将棋のように、約束された勝利への王道をなぞるだけだ。
(く、強い……。こいつだけ桁違いじゃないか……)
肩で呼吸をする道周は混濁する思考の中で舌打ちをした。
同時に打開策を練るが息も吐かせぬ攻防の最中ではそれも難しい。
「くっっそが!」
道周は自棄になり前進し飛び込む。
捨て身の前進でテンバーの懐へ飛び込み、上段から魔剣を叩き付ける。
「遂に勝負を捨てたか!?」
テンバーは全身全霊で叩き付けられる魔剣を受け止めた。
肉薄した状況下での鍔迫り合い、周囲の竜人騎士も守衛も息を飲み見守ることしかできない。
「認めてやるよテンバー。今の俺じゃお前には勝てない……!」
「そうか。素直さは美徳だ。素直なやつは強くなる」
「それはどうも、ありがたいね」」
「ただし"次"があればの話だ。貴様はここで始末する!」
テンバーは見栄を切ると競り合う魔剣をいなした。
不意に回転したテンバーは道周に背中を向けた。
突然訪れた好機を見逃す道周ではない。テンバーの狙いが何であれ、この機はモノにすると魔剣を振るう。
「がっ--------!?」
しかし宙に舞ったのは道周だった。
「放つは魔剣、迎えるは黒剣 3」に続く




