絶界の番兵
あらすじ
マリーたち魔女同盟の一行は、最後の領域へ足を踏み入れた。「幻獣」と呼ばれる種族が跋扈する東方の最大領域「チョウラン」にて、地龍の協力を得るべく奮迅する。だが、一行を待ち受ける試練に、新たな戦いの兆しが表れる。
砂漠を乗り越える専用に設計された車輪と車体は、想像よりも遥かに快適な乗り心地であった。余分な振動もなく、かといって進みが遅いわけでもない。順調な速度で快適に風を切り、「順風満帆」の言葉のままに旅を続けた。
無限に広がると思われた砂の荒原は、徐々にその姿を変貌させる。
吹き抜ける風にはどこか湿り気が混ざり、頬を撫でる砂粒の感触は薄れていく。同時に植生も変化し、深く根を下ろす緑葉が点在を始める。
魔女同盟の一行が最期の中継地点である「第1給水街」を出発したときには、周囲の風景は一変していた。
そして遂に、ニシャサを出発したマリーたち魔女同盟の一同は、用意された専用の馬車に揺られて砂漠地帯を突破する。
砂漠専用に設計された馬車は、砂漠地帯を抜けて尚、順調に進行した。荒れた土の道も、生い茂る草木の獣道も、お構いなしに全身を続ける。
「ねぇ、イルビス。もう砂漠は抜けたけど……?」
「そうですね。ですが、ここもまだニシャサの領域内ですのでお気遣いなく」
「そ、そういうことじゃなくて……」
荷台からマリーが顔を覗かせるも、手綱を握るイルビスは顔色一つ変えない。淡々とした調子で、馬車を引くギュウシの様子を見る。
「砂漠地帯を抜けるまで」という打ち合わせの元、イルビスは同盟の一行を案内していたはずだ。約束を違えてしまい、スカーの側近を借りっぱなしにしていていいものかと、マリーたちは不安を掻き立てられる。
「君は、スカーの元に戻らなくていいのかい?」
「問題ありません。元より、神からは「領域を出るまで案内せよ」とのお達しですので。ニシャサとチョウランの境界まではお送りします」
「スカーのやつめ、どこまでも気を効かせてくれる。粋な領主だ」
スカーの密かな気遣いに、リュージーンが悦に浸ったような笑みを漏らした。
スカーは、マリーたちに最初から提案してれば遠慮されることも織り込み済みだったのだろう。故に、イルビスにのみ言い渡す形で気を効かせたのである。実に気持ちの良い領主であり、バルバボッサを含めた領主たちの気概を表している。
マリーたちはスカーとイルビスの好意に甘え、快適な馬車旅の延長を受け入れた。
そうやって続いた馬車の旅も、遂に終局を迎えた。
南の領域「ニシャサ」と東の領域「チョウラン」の境界は、実に複雑怪奇な地形を形成していた。
ニシャサのような砂漠地帯とは打って変わり、グランツアイクのように鬱蒼と生い茂る森林地帯でもない。もちろんイクシラのような豪雪積雪の寒冷地帯でもない。
東の隔絶された領域「チョウラン」は、外来の生物の一切を阻むような切り立つ崖と山岳の地形であった。見上げるほどの切り立った崖の頂は、天を衝くように聳え立っている。
マリーたちを乗せた馬車が行く道は塞がれた。もとい、そこに道はない。
「私が案内できるのはここまでです。これ以上の道はなく、この先は異なる領域です。ここから先の旅路に幸運を」
「ありがとう。ここまで体力を温存できたのは、スカーを始めとしたニシャサの皆のおかげだよ」
一同を代表したセーネが、イルビスと馬車を引いてくれたギュウシに謝辞を述べる。
そして、ここから先は同盟の一同が乗り越えるべき壁である。
見上げたチョウランの断崖は、垂直に立ち聳える。その高さや、跳躍でも登山でも踏破のしようのないほど、高く荘厳な天然の要塞である。
しかし、翼を持つセーネにとっては壁にすらならない。ひいては、マリーの操る魔法ならば単身だけでなく、同盟の仲間全員を同時に飛翔させることが可能である。
「よーし、温存した体力を張り切って使いますか!」
気合を入れたマリーは、腕まくりをして鼻息荒く魔法を展開した。吹き抜ける疾風が一同の足元から吹き上がり、身体がふわりと浮き上がる。
「さぁ。いざ行かん、チョウラン!」
マリーが杖を振り上げた。吹き上げた風に巻き上げられ、身体が宙に浮いたそのときだった。
「不遜な者共よ。人間の分際で、幻獣の土地へ足を踏み入れるつもりか!」
気高い声音が反響した。どこからともなく鳴り響いた雄叫びとともに、マリーが巻き起こした疾風が切り裂かれた。
「ぐっ!」
「くは!」
「きゃ!」
「うぅ……!」
風に乗っていたマリーたちは、その身を運ぶ風を失い墜落した。尻餅を着いてそれぞれの悲鳴を上げ、断崖絶壁を仰ぎ見る。
そして、高らかな声の主を黙視したとき、一同は息を飲んだ。
「このチョウランには、幻獣以外の立ち入りは許さぬ!」
補遺コリに満ちた声音の主は、豊かな羽毛の生え揃う翼で空を待っている。獅子の体躯を持ちながら、頭は鋭い眼光を湛える鷲のそれである。背中から生え揃う一対の翼は、大空を翔るには十分すぎるほど雄大なものであった。
そう、獅子の体躯を持ち鷲の頭を持つ幻獣、グリフォンがマリーたち同盟の道に立ちはだかった。