疑心暗鬼
「リュージーンのこと? 当の本人がいないのは、本人には言えない、聞けない話なの?」
「あぁ。リュージーンは、他の亜人たちに頼んで、酒盛りをして気を引いてもらっている。できれば、本人には聞かれたくない話なんだ」
「な、なんだろう……」
セーネの不穏な物言いに、マリーは生唾を飲んだ。ゴクリと乾いた音が客室に響き、道周たちの気持ちが引き締まる。
決意を固めたセーネが、満を持して口を開いた。
「このニシャサに来たとき、何か変だと感じたことはなかったかい?」
「変なこと……?」
セーネの問い掛けに、マリーは首を傾げる。少し前の事柄であるが、マサキとの死闘の後では途方もない昔に思えてしまう。マリーは記憶を手繰り寄せて、気にかかった事柄を羅列する。
「ミッチーが言っていた「違和感」のことかな? テンバーたち特務部隊の動きが変だとか言うやつ」
「そうだ。テンバーたちが、僕たちよりも先んじてニシャサとの同盟を持ち掛けた動きの違和感があった。
そしてもう一つ。些細なことだ」
「些細なこと……。何だろう?」
「俺もさっぱりだ。ソフィは何かあるか?」
「私も心当たりはまったくありません。一体何でしょう?」
一同は、セーネの言わんとしていることが分からずに頭を捻る。唸り声を上げ、3人が頭を突き合わせるが、文殊の知恵は一向に降りてこない。
見かねたセーネは、深刻な顔をして答えを披露する。
「僕たちはニシャサに来たとき、アムウたちムートン商会と合流しただろう。そのとき、彼らはイクシラで革命が起こったことを知っていた」
「それは、ムートン商会の持つ膨大なネットワークがあるからじゃないのか?」
道周の回答に、セーネは満足そうに頷いた。道周の迅速な回答は、それこそセーネの欲していたものだったのだ。
「そうだとも。
ではもう一つ。ムートン商会は僕たちが魔女同盟を結成したことも知っていた」
「……確かに、違和感はある、かな。なんとも言えないラインだが……」
聡い道周は、セーネの思惑を理解して表情を曇らせた。
一方でマリーは状況を飲み込めず、眉をひそめて解説を求める視線を送る。
「僕たちが魔女同盟を結成させて数日だ。その間、彼らムートン商会始め、他の勢力にその情報を得る機会はあっただろうか?
答えはノーだ。同盟の結成に関してはマリーすら知らなかった、僕たちと義兄の胸の内の秘め事だったんだ。同盟を結成したことを知るのは、夜王と獣帝とモニカ、そして僕たち5人だけのはずなんだよ」
「それに、情報が漏洩するにしては拡散速度が速すぎる。セーネが言いたいことはつまり――――」
「同盟の誰かが情報を意図的に漏らしている、ということですね……」
「そんなっ――――!?」
放たれた考察に、マリーは驚きを隠せない。
道周とソフィは冷静を装って情報を整理するが、内心は穏やかではなかった。
セーネが開示したヒントから、不穏な答えが浮かび上がった。
「まさか……、リュージーンが……」
マリーは衝撃の余り、過った疑念を口走る。
提示されたヒントから導き出される答えは、道周たちにとって最悪の答えであった。
リュージーンを仲間に引き入れるときに、最も警戒していたことが起きているのなら、最早手遅れである。リュージーンは魔女同盟の参謀として面目躍如の活躍をしただけに、リュージーンの内通という可能性は暗黙の内に除外してしまっていた。
元魔王軍の一員だったリュージーンが、その魔王軍を敵に舌戦や交渉において目を見張るべき大活躍をした。その事実が、魔女同盟に大打撃を与える。
(まさか、リュージーンが内通を……?)
暗に浮かんだ答えに、道周は疑念を覚えていた。
道周は、リュージーンが仲間に入った動機を知っている。実の親に見捨てられたリュージーンが燃やした闘志を知っている。ナジュラでの戦いで、リュージーンが戦う動機を知ってる。
道周は、リュージーンがウービーに誓いを立てたことを知っている。リュージーンは自分の戦うべき場所で、戦う動機を持ち、果たすべき野望を持っている。
そんな野心家で卑屈で偏屈で、芯の強い男が本当に裏切ったのか?
道周は一抹の不安を抱えたまま、不安な面持ちを浮かべるマリーたちに意識を戻す。
「でも、本当に裏切っているかなんて分からないよね。ナジュラで取り逃がしたアイリーンが情報を持ち帰った可能性だってあるじゃん」
「それでも、魔女同盟の結成はアイリーンがエヴァーに戻った後です」
「ソフィの言う通りだとも。それに魔王軍に僕たちの戦力が割れつつある」
「う……」
必死にリュージーンを庇うマリーだが、ソフィとセーネの正論に言葉を詰まらせる。そんなマリーを諫めるように、ソフィは説得の材料を増やす。
「マサキとの戦闘でも、ミチチカの魔剣や、切り札であるはずの「魔性開放」について知られていました。それに、マリーの魔法についても知られていました。
2人とも私たちの大戦力です。それを「知られる」というだけで、こちらとしては大損害と言う他ありません」
「……」
ソフィのひと押しで、マリーは押し黙ってしまう。
ソフィが一方的にマリーを言い包めてしまった状況になるが、間を取り持つようにセーネが割って入った。
「2人とも落ち着いて。僕は仲間割れをさせたくて相談したわけじゃないんだ。リュージーンが「怪しい」ってだけで、内通の話だって確定要素じゃない。僕が提案したいのは、万が一に備えた僕たちの連携だ」
「と、言うと?」
静聴をして俯瞰を決め込んでいた道周が前のめりに尋ねた。
セーネは声を潜めて、全員の意識を集中させた。4人はテーブルに身体を乗り出して顔を突き合わせる。
「まずは、リュージーンに悟られないように僕たちはいつも通りだ」
「が、頑張る……」
マリーは自信なさげに頭を垂れる。
セーネはマリーを励ますように撫でると、真剣な面持ちでソフィに視線をやった。
「だが、もちろん警戒も怠らない。そこで、ソフィ。君の出番だ」
「私ですか?」
「あぁ。君にはリュージーンの監視を頼みたい。今まで通りの諜報活動との同時進行になるが、いいかな? もちろん僕たちも助力はする」
「そういうことなら、任せてください」
大仕事を任されたソフィは、力強く胸を叩いた。やる気を見せ、今まで以上に奮起する。
「そういうことだ。くれぐれも、「今まで通り」だよ。リュージーンはすでに同盟の中心にいる。不用意なブラフはかえって悪手だ」
「だな。それに、リュージーンが内通している確証がないのに仲間割れなんてしていられない。それこそ、「本当のスパイ」の思う壺かもしれないからね」
「だね! 私は、何だかんだ言ってもリュージーンを信用したいし」
4人のは纏まった。4人だけの協定を胸に秘め、あくる日の旅立ちに向けて床に就く。




