魔剣なき夜に
「――――……ふぅ。いい月だ」
ニシャサが魔女同盟に加入した日の夜。道周は与えられた客室のバルコニーから空を仰いだ。満面の星空と天頂にかかる満月を眺め、深々と溜め息を漏らす。
道周は会議を終えた後、自室に籠って魔剣の手入れをしていた。マサキとの決戦で、魔剣に嵌め込まれた碧玉は砕け散った。
魔剣の柄には、かつて7つの碧玉が据えられていた。それらが陽光に照らされて、白銀の魔剣と碧い輝きのコントラストが映えていたものだ。
碧玉の全てが砕け散った今、魔剣はその剣身に秘められた異能は失われてしまう。「神秘を断つ神秘」を内包していた魔剣は、もはやただの十字剣である。身体に馴染んだ剣は未だ現役ではあるが、道周は戦い方の変更を余儀なくされる。
先の会議でも、魔剣の異能が失われたことは議論された。
目下の標的として定められていたアイリーンとの戦闘で不利を強いられることはもちろん、正体不明の魔王に対する切り札が欠けたことになる。
とりあえずは頭数で突破するという結論に至ったが、道周はそのことを気に病んでいないと言えば嘘になる。
「お前は、どこから来たんだろうな……?」
道周は無意識のうちに魔剣に語り掛けていた。
魔剣が返事をすることはなく、道周の問い掛けは虚しいく夜の闇に消え入った。
道周の魔剣は、以前道周が転生した異世界での拾い物だ。しかし、以前の異世界で生産されたものではないらしく、「別の異世界から来た魔剣」という結論に至った。つまるところ、魔剣を愛用してきた道周でさえ、魔剣が秘める神秘の根源も由来も、刀匠の名すら知らないのだ。
そんな魔剣を、使い手であるだけの道周がどうのこうのできるはずがない。道周は刀匠でもなく、異能を与える術すら持たない。
もう、魔剣に「神秘を断つ神秘」という異能が戻ることはないのだ。
そう考えると、道周の胸に冷たい夜風が吹き込んだ。
「俺がお荷物にならないようにしないとな」
道周が珍しく弱音を吐いた。
2度目の異世界転生を、持ち前の判断力と経験から乗り越えてきた彼ではあるが、今までに立ち塞がったことのない壁にぶち当たった。
この壁をどう乗り越えるか。
その答えは、すでに道周の中にある。
マサキとの死闘の最中、道周は己の強さを語った。仲間が、友が道周を次のステージに押し出してくれるのだ。
マサキにはなかったものを、道周は幸運にも多く抱え込んだ。この幸福を、決して失うわけにはいかない。
そのために道周は、再び相棒を手にした。
「もう少しだけ、無理を付き合ってもらうぞ」
魔剣から言葉は返ってこない。
しかし、道周の言葉に答えるように魔剣が煌いた。月光を刃で照り返し、目覚ましい輝きが刹那を駆ける。
この魔剣が、数奇な運命を紡ぐのはまた別の話。
コンコン。
道周の客室に、控えめなノック音が響いた。
「開いてるよ」
「失礼するよ」
「お邪魔しまーす」
「ます」
道周の部屋に、女子3人組が入室した。気の置けない仲間たちは、遠慮なく部屋の椅子に座り道周を手招いた。
道周は魔剣を右手首のブレスレッドにかざした。道周の旅を影ながら支える群青色のブレスレッドは、魔剣を光の粒子に変えて飲み込んだ。
道周は3人が待つテーブルに向かうと、手近な椅子に腰を下ろした。
両手に花では有り余る、見目麗しい美女を前に、道周は首を傾げた。
「こんな夜中に何の用事だ? まさか3人で夜這い……?」
「そんな軽口、何だか久しぶりだね」
「出会ったときを思い出しますね」
マリーは怪訝な顔をして、ソフィは朗らかに微笑んだ。
道周とマリーがソフィと出会ったときを思い出し、凄く昔に思えると相笑った。
3人の様子を親愛な眼差しで見守っていたセーネであったが、真剣な瞳に切り替えて本題を切り出す。
「実は、皆に相談したいことがあって集まってもらったんだ」
「これはふざけられる状況じゃないと見た。話を聞こう」
セーネの醸し出す奮起に感化され、道周たちは口を閉ざした。セーネと同じく真剣な面持ちで、次の言葉に耳を傾ける。
「リュージーンのことで、気になっていることがあるんだ」
セーネの放つ不穏な空気に、一同の不安が掻き立てられる。




