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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「恋慕とリンボのニシャサ」編
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南の同盟

 太陽神が主催した宴会から一夜が明けた。飲んで食って騒ぎ倒した道周たちも、日付が変わればお祭り騒ぎはお終いだ。

 翌日、セーネも合流した魔女同盟の一同が、交渉のテーブルに着いた。

 マサキとの死闘で半壊した太陽神殿の一室、長机をこしらえた会議室で、ニシャサの代表者たちと同盟の代表者たちが対面する。

 長机の左右にそれぞれが分かれ、真剣な雰囲気が会議室に立ち込めていた。


「そういえば、テンバーたちはどこに行ったの?」

「今回はスカーからのお咎めはなしだったらしい。まぁマサキと一緒に戦ったわけだし当たり前だよな。

 「仮にも同じ魔王軍の仲間が討たれたのだ。ここに留まる理由はないだろう」って言って、休みもせずに帰ったらしい」

「そこんところ律儀だね」


 易々と口も開けないような雰囲気の中で、マリーが小声で問い掛ける。

 尋ねられた道周も小声で淡々と答える。声を押し殺して会話を終えると、対面に座しているスカーが立ち上がった。


「まずは魔王軍の外敵、マサキの討伐について、改めて礼を言う」


 重々しい雰囲気の会議室で、太陽神スカー・ザヘッドが口火を切った。

 そしてスカーの隣に控えた側近の青年、巨躯を誇る鬼族のイルビスが褒賞の品々を並べる。


「これは(わらわ)たちからの礼の品だ。遠慮なく納めたまえ」

「えぇ……。なんだかすごい品々なんだけど……」


 スカーが並べた品々は、輝きを放つ貴金属の装飾品だった。金色に塗り上げられた外装に色鮮やかな宝石、それらがネックレスだのブレスレッドだの、引いては冠に加工され王位を放っている。

 目の前に積み上げられた金品を目前に、リュージーンは守銭奴の本性を露わにした。目の色を変えたリュージーンは、下品にも舌なめずりをして数々の品々を見定める。


「ま、これらは俺たちの財産としてありがたく受け取って」

「結構だ。これらを受け取る代わりに、ニシャサには同盟への献身的な協力を願いたい」

「ちょっ、セーネ何を――――!?」

「そうだな。そもそも、俺たちには定まった拠点がない以上、これらの金品は足枷になりかねない。どうしてもというなら、この品々と同等の協力をお願いしたい」

「ミチチカまで何を言って――――」

「これが、私たち魔女同盟の総意だよ。受け取ってほしい」

「あー、マリーもそっち側だよなー」


 目下、金銭的な苦難がない魔女同盟に金品は不要だ。リュージーンがどれだけ金品を欲しがったとしても、同盟の総意は覆らない。

 リュージーンの下心も、清廉潔白な一同の言葉によって打ち砕かれた。リュージーンは痛々しく頭を抱えながらも、仕方なく総意に従う意向を見せた。


「……承った。其方たちの心意気を汲むとしよう。イルビス」

「はっ」

「あぁ……。受け取るはずだった金が……」


 リュージーンは下げられる宝玉と黄金の数々を口惜しく見送った。未練は残りまくって仕方がないが、とりあえずは思考を切り替える。ほろろに涙を浮かべながらも、リュージーンは何とか参謀としての面子を保つ。


「……同盟の件について話し合おうか」

(未練たらたらじゃないか)


 リュージーンの傷心を推し量った道周は、内心で突っ込みをいれる。だが、リュージーンが金品の交渉を行う様子を見せないことから、実際に口出しはしない。


「「対魔王同盟」だったな。確か「魔女同盟」と言ったな。よいぞ。我らニシャサも参加しよう」

「本当か?」

「もちろんだ。礼の品の代わりである。

 それに、妾の領域を荒らした者にも、しっかりと礼をせねばな」

「お、おう……」


 スカーが瞬間的に覗かせた表情に、一同は背筋を凍らせた。今までのスカーが見せていた、気品に溢れ温和な笑みから一転、明確な敵意と冷ややかな表情は領主としてのそれだった。

 スカーがこれほどの覇気を放つことができるもの、ひとえにマサキを討ったことが大きく関係している。

 「四大領主」の権能を有していたマサキが死んだことにより、その身体に秘められていた権能が解放された。それぞれの権能は元の持ち主に戻ったのだ。

 200年もの間、その身体から離れていた権能が本調子に戻るのは容易くはない。今この瞬間から全力全開を発揮することはできないが、全盛期の力が宿っているのだ。

 立った少しの凄みでも、スカーの放つ雰囲気は只者ではない。

 そして、それはセーネやバルバボッサとて同じだ。全盛期に匹敵する力を取り戻し、魔女同盟の戦力は大幅に強化された。


「と、とにかくだ。これで「四大領域」の内の3つが同盟に参加したわけになるね」

「あぁ。残る領域、東の領域を味方に付けることができれば、こっちの戦力は万全になる」


 確かに切り開かれた未来への道筋を前に、マリーと道周の瞳が輝いた。

 しかし、その一方でセーネたちの表情に影が落ちた。

 不穏な雰囲気に一早く気が付いた道周が、沈鬱な顔をしたセーネに問い掛けた。


「何か不都合でもあったか?」

「えーと、そうだね。とっても言い難いのだけれど――――」


 歯切れの悪いセーネが言葉を濁した。なんとも複雑な顔をして、言葉を慎重に選ぶ。


「なに、東の領主、地龍ことロン爺は頑固でな」

「ちょっとスカー。もう少し言葉を選んで!」


 言い淀んだセーネの代わりにスカーが答えた。

 焦ったセーネは口走ったスカーを諫めようとするが、我が道を行くスカーを制止するなど不可能だった。


「言葉を選んだとて現状は変わらんだろう。なれば、単純な言葉を用いて単純に問いを出す。それに答えを出すのが、其方たちの役目であろう?」

「うっ……。相変わらず的を得て来る。言い返せない……」


 言葉に詰まったセーネが根負けした。肩を落としたセーネは、諦念に包まれて正直に語り出す。


「東の領主、「地龍」の異名で通るロン・イーウーは「人間嫌い」なんだ。200年前、マサキに裏切られて以降、その人間嫌いが悪化してね。この200年の間、領主の誰一人として交流がない。

 つまり――――」

「つまり、最後にして最大の難関だ。かの魔王でさえロン爺に遣いを寄越さないわけだ」


 最も大事な要所を攫わせたセーネは、無言のまま頬を膨らませる。いじけて唇を尖らせるも、道周たちの気持ちはセーネには留まらない。

 それどころか、これから直面する難題に頭を抱えていた。


「さぁ魔女同盟よ。これを聞いて尚、其方たちは行くのであろう?」


 姿勢を正したスカーが問い質す。その瞳は、先ほどまでのお茶目なスカーではない。ニシャサの領主、太陽神として貸した問いを、同盟の一員として答えを待ち侘びる。


「もちろん!」

「退いても他に行く宛があるわけはないしね!」


 マリーたちの爽快な答えに、スカーは満足そうな笑みを浮かべた。実のところ、2人の答えの「内容」など、スカーにとって問題ではなかった。答えの「速度」こそが重要で、2人のそれはスカーのお眼鏡に適ったのだ。


「よし、では行ってくるがいい。妾も魔王との最終決戦の準備を進めよう。吉報を待っておるぞ――――!」




 こうして、マリーたち魔女同盟の次の行先が決定した。

 ニシャサでの、勇者との死闘を乗り越えて、次なる目的地は東の領域「チョウラン」。荒れ狂う山岳と岩盤の海が生命を厳選する閉ざされた絶界で、マリーに試練が降りかかるのは、まだ後の話――――。

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