1つの結末
スカーの炎熱が、暗黒の弾丸を目掛けて放たれる。黄金の羽根は矢となり、100にも及ぶ手数で迎撃に出る。同時にスカーの身を包んでいた金翅鳥の鎧が分離し、熱量を誇ったまま方繻子された。黄金の金翅鳥はその身を賭して、万物を貪る弾丸に挑んだ。
だが、スカーの全身全霊の攻撃も、暗黒に飲まれて虚しく姿を消した。
マサキが放った暗黒の弾丸は、スカーを標的に定めて直進した。その速度は決して迅速ではなく、目線で追うことは容易い。連戦錬磨の達人たちにとっては遅い弾丸だが、その脅威の引力に成す術ない。
「こうなれば、本体を倒す!」
スカーは再び黄金の炎を噴出させる。太陽のような輝きを放つ炎熱を鎧に変え、大翼を広げて揚力を溜め込む。1秒にも満たない溜めで、スカーの羽撃きは十分だった。大気を震撼させる衝撃を放ち、弾丸の向こう側に仁王立ちするマサキを狙う。
力を振り絞ったマサキに、スカーの特攻を防ぐ手立てはない。しかし、スカーの攻撃を受けないという自信だけは満ち満ちていた。
「その弾丸を避けていいのかい?」
「何っ!?」
マサキの意味深な言葉に、スカーは不信感を募らせた。表情を曇らせて、暗黒の弾丸の行く先を推察する。
「――――まさか……。この領域ごと吹き飛ばすつもりか!?」
「ふふふ…………」
スカーは怒りを露わにして、マサキに向かって怒気を放つ。マサキはスカーにとって誇りあるニシャサを人質にすることで、無理矢理にでも駆け引きのテーブルに持ち上げたのだ。
「くそ……。受け止めるほかないか……!?」
「いいや。スカーはそのまま突っ込め!」
「その一撃は、私たちが引き受けるよ!」
戸惑い立ち止まったスカーの背中を、道周とマリーがひと押しした。満身創痍の身体で支え合って立ち上がる2人は、とても戦えるような状態には見えない。
しかし、互いを信じあって支え合うことで沸き上がる闘志に、スカーはニシャサの未来を賭けることにした。
「其方たちの言葉、信じよう! 行くがよい!」
スカーは明朗快活に微笑み、未知の異世界人に背中を預ける。スカー本人は天高くまで飛翔し、距離を稼いで渾身の一撃を放つ準備に入る。
暗黒の弾丸に狙いを定め、道周は魔剣を向けた。白銀の魔剣を握る手は道周の両手と、マリーの両手の計4つ。2人の力で持ち上げられた魔剣は、トリガーを得て束縛を解き放つ。
「「魔性開放!!」」
「この剣、神秘を断つ神秘」
「この我、矛盾を突き付け仇を成す者」
「「世界よ、挑んで見せよう!!」」
2人の異世界人が叫んだ。万感の思いを込めて、全身全霊を超える、魂の一撃が魔剣に宿る。
魔剣の白刃には世界の修正力が圧し掛かる。たった一本の十字剣に圧し掛かるには余りにも巨大で重厚な神秘は、魔剣を包み込み巨大な刃に変わった。
道周とマリーは阿吽の呼吸で魔剣を振り上げた。
魔剣に宿った神秘の力は、天にまで届く一振りに様変わりしている。
通常の魔剣の数十倍にまで伸びる刃を、魔剣の一振りを2人は渾身の力で操った。2人が引き寄せた身体の動きは一律に、一切の無駄のない所作で魔剣を振り下ろす。
ようやくの思いで立ち、一歩を踏み出すことさえ困難であるはずの2人は、支え合うことで無限の可能性を開拓したのだ。
マサキによって閉ざされた未来を切り開くように、暗黒の弾丸の中軸へ目掛けて魔剣が振り下ろされる。
「いっけぇぇぇ!!」
マリーは使い慣れない魔剣の操作を、気合で押し切った。身体の節々に走る痛みなどとうに忘れた。動かないはずの身体だって、最後と決めれば動かして見せよう。何より、友と支え合うことが最も心強い。
「マサキ、お前の一撃はとても軽い。俺は星を討つ一撃を知っている。だからこそ、意志の籠っていない一撃には敗けられない!」
道周はかつての邪神を想起し、己を奮起させた。あの戦いでは、もっと重厚で絶望的な攻撃を見てきた。ならば、現状を道周に乗り越えられない道理はない。だから、道周はまだ立ち上がれた。そして、彼の勇者に意地を見せなければいけない。
「ふざけるなよ。死にかけの人間が、立ち塞がるなよ! 僕はまだ生き抜くんだ。この世界で、この力で、何者にも縛られない人生を謳歌する。もう、退屈な日々には戻りたくないぃぃぃ!!」
己の戦う動機を吐露し、マサキは生を叫ぶ。
実に陳腐で利己的に聞こえる動機も、本人が切望すれば世界を裏切るきっかけになるのだ。マサキは己が正しいと信じた道を行く。否定することは簡単であっても、間違っている証明をすることは難しい。だからこそ、マサキは200年もの間、大陸を謳歌したのだ。
今ここで、異世界人同士の手によって決着が付こうとしている。
互いの全てを乗せた攻撃は、絶叫の中で衝突した。
暗黒の弾丸は、世界の修正力さえも貪欲に押し潰さんとうねる。
魔剣が誇る修正力の刃が軋み音を立てた。
ただの力勝負なら、勝負は互角。しかし、光さえ逃さないほどの引力が、修正力の刃を捻じ伏せ始めた。
暗黒の弾丸が、徐々に優勢に回る。その弾身に刃を食い込ませると、音を立てて内へ内へと暴食を始めた。
(勝った。このまま、領域ごと消し飛ばしてくれる――――!)
マサキが勝利を確信した。上空で好機を狙うスカーさえも、「空間転移」であしらえると読み切っていた。
全力を出し切った奥の手で敵を消し飛ばし、退散する。
完璧な勝ち筋を前に、マサキは笑みを溢し――――。
「っけぇぇぇ!!」
マリーが魔剣を押し込んだ。剣術の心など一切持たないマリーだからこそ放てる、意地だけの押し込みが魔剣を突き動かす。
「神秘を断つ神秘」という矛盾を開放した魔剣は、こともあろうか神秘を斬った。二律背反の矛盾した現象は、道周1人では決して辿り着けない魔剣の進化である。
魔剣の台座に嵌め込まれた、最後の碧玉が砕け散った。跡形もなく粉々に爆散した碧玉は、塵になって風に攫われる。
同時に、暗黒の弾丸が真っ二つに切断された。
暗黒の弾丸を切断した神秘の刃は、容赦なく振り下ろされマサキを斬った。マサキの胴を袈裟に斬った傷口は深く、勝負を決定づける致命傷となった。
「馬鹿な……っ!? もう一撃を喰ら」
「見苦しいぞ。其方の敗北である――――」
黄金の翼を広げたスカーが天より降り注ぐ。下降の勢いを乗せ、炎熱を纏った手刀がマサキを討ち取った。




