ゼロに帰す
道周は1人、虎視眈々とこの好機を狙い定めていた。息を潜めながらも闘志は冷め止まない。沸々と沸き上がる怒りも焦りも憎しみも、全てを腹の底に据えて魔剣を握り締めていた。
マリーとソフィが、そしてテンバーが身を投じた攻撃を重ねた。そうやって得た好機は決して逃さない。
魔剣の柄には7つの台座。嵌め込まれた碧玉は残り2つ。そのうち1つが燦然と光を放った。その場を満たす輝きの密度は濃い。
幾重にも重なった大地の隆起が壁となり層となり、ようやく輝きを阻んでいた。ドーゲン・マサキに決して悟られてはならない一撃の溜めは、皮肉にもドーゲン・マサキが暴れた痕跡が覆い隠していた。
「この剣、神秘を断つ神秘。この我、矛盾を突き付け仇を成す者。世界よ、挑んで見せよう!!」
道周は魔剣を顔の横に持ち上げ、八相の構えを取る。白刃の切っ先をドーゲン・マサキに差し向けて、溜めに溜め込んだ威力の放出を宣言した。
道周の身体に染み込んだ動きは、淀みなく洗練されている。止めどなく流れる剣の打突に応じて、魔剣が孕む「神秘の矛盾」が栓を解いた。
魔剣から放たれる世界の修正力は、大気を歪める砲撃となる。直線的にドーゲン・マサキへと向かって迫る大技は、防ぐも避けるも不可能な巨大な砲撃であった。
「くっ……、これが話に聞く大技か。ずっとこの一撃を狙っていたのか……!?」
この場に来て、ようやくドーゲン・マサキの表情が歪んだ。今まで湛えてた余裕と嘲笑の表情は消え去り、焦燥に駆られた青色に変わっている。
「避けるか? いいや、間に合わない。
防ぐか? くそ、まさかここまで追い詰められるとは……。
甘く見ていたか? そんなことはない。しかし、く……!」
ドーゲン・マサキは高速で思考回路を回した。誰にも聞こえないような小言を溢して、刹那の間で自問自答を繰り返す。
「どうしたドーゲン。道化のように笑わないのか?」
奥歯を噛み締めるドーゲン・マサキにテンバーが語り掛けた。テンバーは地に伏せながらも、口角に笑みを湛えてほくそ笑む。
「テンバー。君ってやつは、どこまでも僕と反りが合わないね」
「俺も同感だ。
貴様の「空間転移」、長距離の移動には「溜め」が必要なのだろう。だからこそ、咄嗟の攻撃や連続した攻撃に対しては短距離の転移で凌いできた。
そして今、貴様にこの大技が防げるかな?」
「……ならば君に、僕の奥の手を見せてあげよう。本当は使うつもりはなかったんだけどね」
「なに……?」
意味深に微笑んだドーゲン・マサキは、両掌を組み合わせた。両腕を正面に構えて、組んだ拳を魔剣が放つ砲撃に向けた。
テンバーはドーゲン・マサキの不審な行動を見上げ、その意味を探る。しかし、今までの権能とは異なる雰囲気に不安を抱え、嫌な胸の高鳴りを感じていた。
ドーゲン・マサキが組んだ拳から、淀んだ空気が漂う。業火の熱でもなく、青雷の迸りでもない。ましてや暴風のうねりでもなく、大地の流動でもない。
形容のし難い、「エネルギー」という概念がとぐろを巻いて球形に収束している。
可視化できるほどに収束したエネルギーは、光を飲み込んだ闇の塊となった。周囲の空気を吸い込んで、ありとあらゆる生命の息吹を飲み込む波動を放っている。
ドーゲン・マサキは十分な威力を闇の球体に収束させると、満を持してそれを発射した。
「今度は僕の番だ。ミチチカ!!」
「マサキ! お前はセーネたち、この世界の人々を裏切った。その償い、してもらうぞ!!」
道周が放った魔剣の奥の手と、ドーゲン・マサキが撃ち出した奥の手が正面からぶつかる。
魔性が繰り出す世界の修正力は、引き裂き押し潰し、切り裂き消し去る。この世における存在を否定する必殺の砲撃だ。
ドーゲン・マサキが繰り出す闇の結晶は、膨大なエネルギーを内包した暴力と威力の結晶だ。周囲の存在も、光すら貪欲に飲み干して尚、飽きることなく周囲の物体を吸い込んで磨り潰す。その闇の弾丸が世界の中心であるかのように、万物を吸い寄せ飲み込んで直進した。
世界を拒む力と、世界を暴食する力が激突した。
超常級の大技同士が爆発する。威力を相殺しながらも、一体に大規模な爆風を巻き起こした。
荒廃し隆起した大地の凹凸も、破壊されつくしたテゲロの瓦礫も吹き飛ばす。爆心地を中心に、爆風が波紋を呼んだ。
飲み込まれたのは道周とドーゲン・マサキのみにあらず。地に伏したテンバーもマリーも、ソフィも爆風の中に消える。
天まで立ち昇る爆煙と、砕かれた瓦礫の砂塵が視界を覆った。
テゲロのメインストリートにクレーター穿ち、その中心で立っていたのは、たった1人だけであった――――。




