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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「恋慕とリンボのニシャサ」編
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大敵よ 2

 「何が起こったのか」を推理する前に、ソフィは後方に退いて距離を空けた。そしてドーゲンを俯瞰してようやく、「何が起こったのか」を理解する。


「うっ……。剣が……、動かない。お、重い。持ち上げられないほどに、重い……!?」


 魔剣を握り締めるドーゲンは、膝を着いて地面に伏していた。その身体に異変があったのではなく、魔剣に異変が起こったのだ。

 ドーゲンが上段に魔剣を振り上げた瞬間、魔剣の質量が爆発的に上昇したのだ。それは人間の膂力では持ち上げることすら困難と言われた黒剣を振り回した、常人外の膂力を持つドーゲンですら堪え切れないほどの超重量である。

 爆発的に負荷のかかったドーゲンは、不意を突かれたことも含めて崩れ落ちた。地面に落ちる魔剣を握る手には血管が浮き出ており、決して力を入れていないわけではないことが窺える。

 それでもなお、魔剣を持ち上げることは叶わなかった。


(重いなんてものじゃない。まるで、大陸と相撲を取っているようだ。この魔剣を、あの男が振り回していただと……? そんな筋力があるようには見えない。ということは、この魔剣は生意気にも「主人を選ぶ」というのか!?)


 ドーゲンが珍しく苛立ちを表に出していた。真っ赤になった顔で魔剣を睨み付け、舌打ちを響かせて立ち上がる。その手に魔剣はない。

 黒剣を手放し、魔剣に弾かれたドーゲンに武器はない。ただ1人優勢に立っていた男は、一瞬の内に武器を失った。


「チャンス! 武器がない今、総攻撃を仕掛けるよ!」

「了解です。マリー、指示を!」

「待て。奴には剣がなくとも権能がある!」


 勝負を焦る2人を、リュージーンが引き留めた。リュージーンの臆病さとは、同時に虎視眈々と好機を窺う用心深さである。

 危機察知能力に長けたリュージーンの制止を、マリーとソフィは難なく受け入れた。勝負を急いて、ドーゲンの権能を失念していたのも事実。しかし、ドーゲンの背後で横たわる道周の呼吸が浅くなっているのも事実だ。

 マリーはドーゲンを倒すことと道周を助けることを天秤にかける。もちろん、マリーは迷いなく後者を選択した。


「リュージーン、先にミッチーを助ける。作戦を!」

「そう言うと思っていたぜ。きっちり用意している! 俺の合図に合わせろ!」

「了解!」

「了解しました!」


 鼻息を荒くする3人は、即興の戦術に身を投じた。

 苛立ちを見せるドーゲンは、そんな3人を生かしておくはずがない。その小躯に余るほどの殺気を放って、満を持して権能を発動した。


「あまり調子に乗らないでくれよ……。有り余って全部壊しそうになる!」


 怒りと苛立ちに身を任せ、ドーゲンは業火の権能を発動した。

 ドーゲンを爆沈地とする大爆発と爆炎が拡散し、吹き荒ぶ風に乗って周囲の建物を破壊した。

 押し固められた砂壁は成す術なく崩れ落ち、炎に焼かれて舞い上がる。高熱を帯た砂塵が周囲を満たし、息をするだけで身体を焼き尽くす死の空間を形成する。

 先ほどまで差し込んでいた太陽の日差しでさえ、砂塵の最奥には届かない。

 爆心地に佇むドーゲンは、それでもまだ爆発を繰り返した。飽きもせず、周囲の生物どころか環境を、営みすらも破壊し尽くす衝動が、形となって爆破に現れる。


「ははは! どうした? この高熱の空間の中では、ミチチカは死んでしまうぞ! 助けるのだろう? ならば飛び込んでみなよ!」


 ドーゲンは自信と狂気に満ちた高笑いを上げる。その背後に残る道周の気配は消えていない。マリーたちがまだ助けられずにいることに自信を持ち、嬲り殺すように高熱の空間を広げる。


「ははははは――――。……んん?」


 邪悪に高笑いをするドーゲンだったが、異変に気が付き声を納める。脳裏を過った予感に従い、砂塵を切り裂いて振り向いた。

 ドーゲンの向かう先には横たわる道周がいる。その存在は未だそこにあり、復活の兆しも見えない。

 だが、そこにいるのは道周だけではなかった。


「やっと気が付いたみたいだね」

「あれだけ派手に爆発していたら、周囲への注意も散漫になりますよ」


 横たわる道周の周囲に、高熱の砂塵は舞っていない。丁度、道周の周囲の空間だけに疾風が吹き込み、淀みなく晴れ渡っていた。

 そして道周の上半身を起こしたソフィとマリーは、黒剣の突き刺さっていた傷跡に治療の魔法を施していた。その傷痕から溢れていた流血はすでに止まり、身体を貫いていた傷跡の形は見事に消えている。

 瞑目する道周の呼吸を安定を取り戻し、血色は徐々に快復へ向かって色づき始めている。

 ドーゲンが気が付くのが少し遅かった。致命傷を与え、死の淵にまで追いやった道周の治療は、ほぼ終えられてしまっている。


「権能を見越して、防御の魔法を使っていたのか。やってくれたね。

 でも、その男を何度治療しようと殺して見せよう。もちろん、君たちに油断はしない……」


 苛立ちを募らせたドーゲンは、今までの跳ねるような声音は色を消していた。冷静さを備え、殺意を纏うドーゲンはローブを脱ぎ捨てる。魔王軍の紋章を刻み込んだ軍服を身に纏い、1人の将としてマリーたちを敵と認識した。

 マリーとソフィは同時に臨戦態勢入った。しかし、数歩の間合いで向かい合う双方において、圧倒的有利は白兵戦で軍配の上がるドーゲンにあった。


「来ますよ」

「うん。ここから先は、リュージーン次第だね」

(っ!? そういえば、あのリザードマンはどこに――――!?)


 ドーゲンがリュージーンに気を配ったとき、周囲を覆う灼熱の砂塵が乱れる。

 撃たれた空気は震撼させるほどの衝撃を放った「何か」は、真っ直ぐドーゲンへ目掛けて直進していた。


「これは、我が剣の借りだ!」

「テンバー!」


 ドーゲンの意識外からテンバーが肉薄した。振り上げられた黒剣は、ドーゲンの脳天に目掛けて放たれた。

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