大敵よ 1
「ミ……、ミッチー!
……この……、よくも……!」
激情したマリーが杖を提て地面を蹴り出した。怒り猛攻に出んとするマリーは、すでに光球の魔法を展開し済ませている。後はその魔法を憎きドーゲン目掛けて放つだけだが、
「待てマリー。落ち着くんだ!」
感情に身を任せたマリーの手をリュージーンが掴んだ。マリーの手首を掴んだリュージーンの手には汗が滲んでいる。
状況を冷静に俯瞰し分析したリュージーンだからこそ、無策で飛び込もうとするマリーを引き留めるために動くことができた。
「でも! 早くミッチーを助けないと!」
「それは俺も分かっている! ……だが、だが相手が悪すぎる。あのドーゲンとかいう男。正体は恐らく――――」
「君は確か、マリーっていう魔女だよね。
うんうん、話は聞いているよ。君も倒しておかないといけないよね」
道周を下したドーゲンは、黒剣の柄から手を離した。
ドーゲンの足元に横たわる道周の胸は、浅いながらも上下に動いている。しかし、腹部から湧き水のように溢れ出る出血を考慮すると、一刻の猶予もないのは明白であった。
ドーゲンは次なる標的をマリーに定め、屈んで足元に横たわる魔剣に手をかけた。
「待て! それはミッチーの武器だぞ!」
「だから? 所詮武器なんて使われるだけなんだから、誰のものでも一緒でしょ。
それに、この剣は権能とか魔法を斬れるんでしょ。魔女である君を殺すにはうってつけだと思わない?」
ドーゲンは悪辣な笑みを浮かべてマリーに視線を送った。仲間の武器で仲間を斬る。それも、特に思い入れの強い獲物で、一番大切な仲間を切り殺す。想像しただけで昂る殺戮を、ドーゲンが躊躇うはずがなかった。
「マズいぞ……。あいつに魔剣を使われたら、それこそ返す手がなくなる」
「ここは、私が時間を稼ぎます」
ソフィが短剣を構えて立ち塞がった。その気丈な眼差しでドーゲンを睨み、背中に庇うマリーたちに焦燥に満ちた声を投げ掛ける。
「リュージーンはマリーを連れて太陽神の元へ行ってください。この場を納められるとすれば彼女しかいません!」
「でも、そしてらソフィが……」
「今は構っている場合じゃありません。ミチチカの命を助けたいのでしょう?」
魔女同盟として勝っているのは、仲間としての絆だけである。
敵方のドーゲンは魔王軍のテンバーに相反し、単独行動に出ている。テンバーが助力する様子もなく、特務部隊も加勢に加わるような動きは見せていない。
唯一の強みを駆使しなければ生き残ることなど到底不可能であろう。
振り返ったソフィの、覚悟に染まった表情にマリーも腹を括る。
「…………分かった。でも、ソフィが死ぬことなんてないんだよ。皆で乗り切らないと意味がないんだから」
「もちろん、分かっていますよ」
ソフィは最後に笑顔を浮かべてドーゲンに振り返る。
「別れの挨拶は済んだかい?」
「いいえ。まだ終わりではないので、別れの挨拶ではありません」
「そうかい。残念だ」
ドーゲンはわざとらしく肩を竦め、満を持して魔剣の柄を握り締めた。掌から伝わる魔剣の感触に高揚しながら、高鳴る胸の鼓動のままに魔剣を持ち上げる。
「なら、仲間の剣で死ぬといい!」
ドーゲンは怒声とともに魔剣を天高く掲げた。
危機に沈み込むマリーたちの心情とは対照的に、テゲロの空は皮肉なほどに快晴だった。燦々と差し込む陽光が魔剣に照り付け、白銀の刀身を一層輝かしく煽っていた。
ドーゲンが魔剣を構え、地面を蹴って突貫する。弩で放たれたような初速は、ソフィの動体視力を以ってしても捉えるだけで精一杯の速度であった。
(来る……っ!)
ソフィが身構えたときには、すでにドーゲンが肉薄している。回避は下策と悟ったソフィは守勢に回るが、ドーゲンの速度が僅かに上回っている。
頭上に振り上げられた魔剣の一閃がソフィを断割するそのとき、
「ぐっ……――――!?」
魔剣を振り上げていたドーゲンが崩れ落ちた。




