急襲 2
「――――おぉぉぉう、らぁぁぁ!」
業火を切り裂いた道周が雄叫びを上げた。その右手には魔剣が白銀の光を放ち、身を包む炎を断ち切っている。
そのことが意味することは一つ。ドーゲンが放った火炎は、魔剣が断ち切ることのできる「神秘」であり、何かしらの魔法、および権能である。
すなわち、ドーゲンは白兵戦以上の実力を有していることが判明した。
「こいつ……、やっぱり奥の手を持っていたか」
「いいねいいね。「権能を斬る」噂通りの魔剣だ。その剣、僕にくれよ!」
黒剣を握り締めて尚、ドーゲンは無邪気な笑顔を浮かべる。その強欲さに底はなく、道周の魔剣を次のターゲットに定めた。
しかし、道周とて魔剣をくれてやるつもりは微塵もない。子供のようにねだるドーゲンに、魔剣の切っ先を向けた。
「そんなに欲しいなら、一太刀くれてやる!」
そして道周は特攻を仕掛けた。
「く……」
道周の視界の片隅で、テンバーが奥歯を噛み締めているのが見えた。
太陽神との不戦の契約により、テンバーたち特務部隊が敵に回るようすはない。敵がドーゲンだけということが功を奏して、背中に気を配ることはしない。
律儀に中立を守るテンバーたちと、道周を見守るマリーたちは2人の戦いを見守るしかできない。
目の前で繰り広げられる剣と権能のぶつかり合いは、周囲の建物に徐々に被害を拡大していった。2人の交戦の間に市場の人々は撤退を終えている。周囲に他の人影はなく、戦い始めた余所者以外の人はいなくなっていた。
邪魔する者もおらず、周囲への被害を顧みない2人の戦いは、一層熾烈を極めていた。
道周はドーゲンに接近し、魔剣を振るっていた。間断のない抜き足で瞬きの間に懐に飛び込む。魔剣の白刃と柄で斬撃と打撃を織り交ぜ、速さを駆使してドーゲンに攻め入る。
ドーゲンはのらりくらりと攻撃を回避する。覚束ないような足取りでふらふらと後方へ下がるが、その足取りとは反面、攻撃が当たる様子は全くない。動きの無駄のなさとともに、確実な攻撃は黒剣で弾き返す。
回避を続けるドーゲンは隙を見て反撃も入れる。手数こそ少ないが、その一撃一撃が重厚で重鈍であった。
道周はドーゲンの的確な反撃に苦心しながらも、辛うじて受け止める。しかし、戦況は徐々にドーゲンへと傾いていた。
「くぅ!」
「せい!」
「ぐぅ……っ!」
ドーゲンの剣戟に、道周はよろめいた。その僅かな崩れを見逃さなかったドーゲンは、その軽やかな身のこなしで道周の足を払った。
道周は咄嗟に受け身を取って体勢を整える。すぐさま地面に手を着いて転身し、魔剣で弧を描く。
しかしドーゲンは道周の動きの上を行く。達人的な読みと驚異的な反射速度で、魔剣の切っ先を数寸の距離で避けて見せた。そして道周の大振りで生じた胴体に黒剣を穿つ。
「ぐぬっ……!」
道周は体幹を強引に捩じって黒剣の直撃を避けた。しかし胴を掠めた剣の鋭さに苦悶を漏らし、鮮血が高らかに舞い上がった。道周は鋭利な痛みに構うことなく、身体を駆使して反撃を放っ
「――――かっ…………!」
道周の意識が途絶えた。ほんの刹那の間だけではあるが、全身に迸った衝撃に視界が眩む。
道周を捕えたドーゲンは、全身に青白い稲妻を纏っていた。ドーゲンの腕を始点として放たれた電撃が、道周の不意を突いて意識を刈り取ったのだ。
「ミッチー!」
静観していたマリーが叫んだ。その声が道周の意識を手繰り寄せたとき、その身体を黒剣が貫いた。
「……っ、がはっ!」
胴を貫かれた道周は、滝のような血飛沫を吐き捨てた。意識が戻った最後の抵抗として、辛うじて心臓への直撃だけは免れた。のだが、胴を貫通した剣に、膝の力が抜けた。握り締めた魔剣は零れ落ち、虚しい金属音が辺りに響く。
道周を貫いた黒剣は依然として抜かれることなく、倒れ込んだ道周の墓標のように突き刺さっている。
「何だ、今の攻撃は……?」
魔王軍の幹部であるテンバーも、ドーゲンの戦いの様を見て言葉を失っていた。
ドーゲンは業火を放つ権能と、雷撃を操る権能を同時に有している。それに加え、瞬きの間に道周たちの背後を取ったのも、ただの運足ではないのであろう。さながら「瞬間移動」のような出現方法に、味方であるはずのテンバーでさえ悪寒が走った。
これらの事実から、テンバーだけでなくリュージーンたちも一つの結論に至っていた。
ドーゲンの童顔は目元はくっきりとした一重で、薄い唇と低い鼻立ち。ローブで全身が覆われているものの、十分に見て取れる細身の体躯詰まった筋肉、そして道周に劣る身の丈。
最大の決め手は、見覚えのある複数の権能――――。
魔王の右手である「ドーゲン」という青年、その正体は――――。




