語られる混沌
「その「ドーゲン」ってやつのことなら、俺も魔王軍時代に噂ながらに耳にしたことがあるな……。主にだらしのない噂だけだが」
「おおむね間違ってはいないだろうな。俺だって初見のときは目を疑った。まさか、あんなだらしのない者が魔王の右腕だったとは、とな」
リュージーンが魔王軍に在籍していた時代を振り返った。どこか遠くを眺めるように瞳を細め、複雑そうな表情で言葉を溢す。
テンバーもリュージーンの独り言を肯定すると、マリーが眉をひそめた。
「それでも、テンバーよりも強いとか何者なの……? めちゃくちゃ強い権能を持っているとか?」
「それは答えられん」
「ここまで大っぴらに喋っておいて、今さら隠すつもりか?」
突然回答を拒んだテンバーに道周が噛み付いた。
テンバーは喧嘩腰の道周に機嫌を損ねるでもなく、冷静に言葉を返す。
「当たり前だろう。序列上位の者が内政を明かされただけで敗れるものか。
……と強気に答えておくが、ドーゲンの権能は俺にも分からん」
テンバーによる含みのある物言いに、道周が不信感を募らせた。道周の脳裏に過ってしまった「一つの可能性」に対して、どうしても見過ごすことはできなかった
「……? 引っかかる言い方だな。その言い方だと、テンバーは権能を持たない相手に負けたと思ってしまうぞ?」
道周は不信感を表情に出してテンバーに尋ねた。尋ねる相手がたとえ好敵手とあれど、まだ見ぬ強敵について知ることは重要だ。
そういう意味でも、今の道周は愚直であった。
そんな道周の面持ちに感化されたのか、答えるテンバーの声にも固さが混じる。
「まさにその通りだ。俺の外聞など構わないから明かすが、ドーゲンは白兵戦で俺に勝ってみせた。権能を使うこともなく……」
「何っ!?」
テンバーの回答に、道周は驚嘆する。
同盟側の面々も揃えて驚きの息を吐き、その強敵に身震いする。
「そんな……。どれだけの化け物が控えてるのよ……」
「言っただろう。俺が明かしたところで、単純な強い弱いは覆せないんだ」
身震いするマリーに、テンバーが冷静に言葉をかける。その言葉には諦めを説き伏すような熱があった。
一同が背中に伝う冷汗を実感した。まだ見ぬ強敵が、肝心の魔王の前に立ちふさがっているのだ。その手の内が見えぬう内に、心に恐怖心が芽生え始めた。
と、同時に熱い激動が生まれたのも事実だ。
易々と魔王に辿り着けるとは思っていない。その前に立ちふさがる相手がどれほど強敵であろうと、倒す覚悟で力を付けてきたのだ。
この茨の道を、そしてこれから続く修羅の道を、道周たちは進まなければいけな
「――――だからってなぁ、少しおしゃべりすぎない?」
「「「「っ!?」」」」
度肝を抜かれた。
そう言葉にするほかない。
突如として言葉を挟んだ男は、道周たち一同の背後をゆらりと歩む。その歩に合わせて揺れるローブの動きと、顔を隠すほど深くかぶったフードに落ちた影。
まるで幽霊のように現れた男は、腹の底から醜悪で歪曲した愉悦の声で嘲笑う。
その謎と神秘に包まれた男を見たテンバーは、不快感に満ちた顔で言葉を言い放つ。
「……どうして貴様がここに居る……? ドーゲンよ……?」
名を呼ばれたローブの男はフードを外した。道周より頭一つ小柄な青年は、童顔に悪戯な笑みを湛えて返事とした。




