真相を覗く
「――――……で、どうして俺らとこいつらが同じテーブルを囲んでいるんだ?」
気まずい雰囲気に耐え兼ねたリュージーンが口火を切った。
リュージーンが眉をひそめるのも無理もない。
マリーたち魔女同盟の一行は、聞き込みの皮切りに出会ったテンバーたち特務部隊と一つのテーブルを囲んでいた。そのテーブルにはニシャサ特産のヨク茶が注がれたティーカップが5つ並べられている。
テーブルを囲むのは魔女同盟の4人と、テンバーの5人だ。テンバーの後ろには帯刀した特務部隊の竜人たちが控え、無言の敵意を放っている。
目も当てられないほどお堅い空気に包まれたテーブルは、温和なマリーが仲裁する。
「どうどう。ステイだよリュージーン。ニシャサの中では休戦状態、太陽神の無茶振りに振り回されているって点では、私たち同じ立場じゃないの。今の間はノーサイドで――――」
「……ふん」
「あ、あはは……」
マリーの取り繕いも、テンバーが鼻で笑ってあしらった。
何とも刺々しい反応に、マリーは苦笑いを浮かべる。さすがのマリーも、テンバーの強固なプライドの牙城は崩せない。
「おい。マリーはああ言っているが、本当に大丈夫なのか?」
「太陽神の言いつけもある。武力衝突は起こらないだろう。こうなれば、一度腹を割って情報交換ってのも悪くないんじゃないか?」
(腹の内を割り切るつもりもないくせに……)
道周に相談を持ち掛けたリュージーンは、かえってその腹黒さに息巻いた。リュージーンとて同じ腹積もりであったのだが、やはり気が合うのだと呆れているまである。
一方のテンバーは、魔王軍の紋章が刻まれた物々しい鎧から一転、黒を基調とした軽装で環境に適応している。普段の凛とした佇まいのまま、ヨク茶には口を付けずに背筋を正す。
テンバーのメンチを正面から受け止めた道周は、したたかな笑みを浮かべて口火を切った。
「俺としても、魔王軍の情報は欲しかったところだ。特に、魔王軍は「件の「勇者」についてどこまで情報を握っているのか?」とか」
「どゆことミッチー?」
「よく考えてみろ。200年前に忽然と姿を消した勇者が最後に会ったのは魔王だ。魔王と戦って以降の目撃がない以上、魔王が勇者を倒したとしても、そうでなかったとしても、一番最新の情報は魔王が握っていると考えていい」
「もし魔王が勇者を倒していたなら、この人探しレースはおじゃんだけそな。ははは!」
「笑いごとじゃないけどな」
道周はリュージーンの乾いた自虐に突っ込みを入れる。
魔女同盟の面々のマイペースさに調子を崩されたテンバーは、呆れ返って溜め息を漏らした。
「その点について、俺は何も知らない。昨晩、エヴァーに遣いを送ったので、今は返答待ちとなるな。
そちらは白夜王の姿が見えないところから、白夜王が諜報に努めていると見える。それで優位を取れるかは知らんがな」
「またまた、耳の痛いことを突いてくれるな。返す言葉もない。
が、魔王に遣いを送らないと分からないってことは……?」
「みなまで言うな。回りくどい邪推は不必要。
ミチチカ、だったか。貴様の言う通り、俺は魔王と会って話すことはない。命令以上の情報のやり取りも、一切な」
「じゃあさ、魔王とのやり取りはどうしているの? 文通?」
空気を読まないマリーが小ボケを入れる。
真面目なテンバーはマリーの小ボケに意味が分からず困惑している。
見かねたリュージーンが冷静につっこんだ。
「そんな前時代的なわけあるか。
魔王からの命令は、序列第2席の祭司長から幹部へ伝えられる。そして幹部からそれぞれが管轄される部隊へ伝達される。そういうピラミッドで魔王軍は構成されている。
ま、俺は祭司長の顔も知らないんだけどな。ははは!」
「だから、さっきから自虐ネタを挟むのを止めろ。反応に困るだろうが」
「テンバーを目の前にして緊張しているんじゃないの? リュージーン蚤の心臓だし」
「やかましい」
つっこみ役のリュージーンがボケる。それを道周がつっこみ、結局はボケの輪廻にはまっていた。とどのつまり、内輪ネタである。
どれだけ冷静にかつ賢く振る舞っていたとしても、同盟側の4人はテンバーに対する不信感を拭い切れていないのだ。
ティーカップのヨク茶を飲み干したリュージーンが頬を叩く。ヨク茶の苦みで気持ちを切り替え、テンバーと面と向かう。
「俺はなくとも、あんたはあるんだろ?」
「まあな。俺とて魔王軍の幹部だ。が、面に出てくる序列高位は祭司長のみだ。第3席は噂だけで顔も知らんが、貴様らは知っているんだろう?」
一同の脳裏に、1人の女の顔が過った。紫色の長髪を振り撒く大魔女の名を、マリーが口にした。
「アイリーンだね」
「そうだ。貴様たち「魔女同盟」の情報はアイリーンが持ち込んだと聞いている」
「やっぱりあの魔女だったか……。取り逃がしたのは痛手だったな」
道周が零した独り言に、ソフィが一人でにダメージを受けた。ソフィはアイリーンを取り逃がしたことを未だ悔やんでいる。それを察したマリーが道周を小突いて戒めた。
「じゃあ、第1席はどんなやつなんだ? 幹部様なら知っているんだろう?」
リュージーンは臆面もなく問い掛けた。テンバーに抱いていた不信感や恐怖感は徐々に薄れており、魔王軍の核心に近付いていることに好奇心が抑えきれない。
しかし、テンバーはリュージーンの質問に顔をしかめた。今までクールに振る舞っていただけに、テンバーの戸惑いはなおさら新鮮に映る。
「第1席は、あの男は……、ダメだ。とても俺とは反りが合わん」
「と、言うと?」
言葉を濁すテンバーに、道周が問い掛けた。
テンバーは眉にシワを寄せて言葉を選び、ポツリポツリと言葉を溢す。
「第1席、「ドーゲン」は肩書を持たない自由人だ。誰にも何にも、魔王にも縛られることのない、真意の掴めない霞のような男だ」
「何だか、とてつもなく曲者の予感だね」
「俺でも、たった一度しか会ったことのない男だ」
「「「…………」」」
テンバーの鬼気迫る語り口に、同盟の一同は固唾を飲んだ。息を殺して次の言葉を持つ。
「だが、「ドーゲン」は強い。俺はやつとの出会ったときに手合わせをしたが、敗北した相手だ」
「ほぅ……」
テンバーの言葉に興味を示したのは道周だった。
道周が好敵手を定めた相手を下す強敵に警戒心を抱くとともに、沸き立つ熱い激情に駆られる。
(「ドーゲン」、か……。そいつを相手にするのは、俺だな……)
まだ見ぬ強敵に思いを馳せて、道周は1人、胸に決意を秘めた。




