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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「恋慕とリンボのニシャサ」編
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勇者が辿った物語

「僕がまだイクシラの白夜王として、領主を務めていたときの話だ。今から振り返ってみても、大昔の話になる」


 昔日の日々を想起し、セーネは慎重に切り出した。「すでに知っていることがらだろうけど」と前置きをして、その続きを続ける。


「その当時は、まだ魔王の領域は今ほど大きくはなかった。確かに凄まじい勢いで拡大する勢力ではあったが、東西南北の「四大領域」が協力していれば、今のような魔王一強の勢力図にはならなかったかもしれない。

 僕たち領主たちが煙たがる、「魔王」という新勢力を討伐すべく、僕は異世界の者に助けを求めたんだ。

 そうして召喚されたのが、「マサキ」という名前の少年だった。

 彼は僕たちの身勝手な事情を理解し、魔王の討伐という無理難題を快く引き受けてくれたよ。

 今思い返せば、とても残酷なことをした。魔王に敗れたことよりも、マサキに重荷を押し付けてしまったことに対する後悔しかない」


 セーネは目を伏せて沈鬱な表情を浮かべた。

 この場にいる誰一人として、今のセーネにかけられる言葉を持ち合わせていない。今はただ、セーネの気持ちをおもんばかって言葉を噛み殺すしかない。

 セーネは嗚咽と後悔を噛み殺すと、静聴を続ける一同に向けて言葉を再開する。


「虫も殺せないような穏やかな少年だったよ。僕が武器の扱いや兵法、戦い方の全てを教えた。マサキは雨の日も雪の日も、凍ってしまうような日も僕の稽古についてきてくれたよ。

 救いがあったとすれば、稽古をしていたマサキの表情は充実感に満ちていたことだ。稽古の愚痴を溢すことはあっても、大陸生活に不平不満を漏らすことは一切なかった。

 マサキの成長は実に目まぐるしかったとも。「魔王」という、得体の知れない謎の強敵とも十分戦える。それこそ、白兵戦では「四大領主」にも負けず劣らずの実力を誇っていたと言っても過言ではなかった」

「それほどの実力者だったんだな。勇者についての話は初めて聞くから、セーネの忌憚のない評価は何だか以外だな」

「僕だっていつかは話そうと思っていたんだけど、機会がなくてね……。いや、言い訳だね。僕自身の気持ちの整理がまだできていなかったんだ。

 こうやって過去を振り返る機会を得て、よかったんじゃないかな」


 セーネはぎこちない苦笑いで返した。

 会話を途中で切ってしまった道周も、セーネの心中を察して頭を垂れる。


「問題はその後だったんだ。周知の通りだと思うが、僕たち「四大領主」の権能をマサキに割譲した。発案者は僕であり、西の「獣帝」・南の「太陽神」・東の「地龍」、他の領主の説得も僕が行った。いわば、勇者に権能を割譲した責任は僕にある。

 それでもバルボーは僕を迎えてくれるが、スカーやロン爺が僕のことをよく思っていないのも頷けるのだが……」


 暗くなってしまったセーネはふるふると頭を振った。


「すまない、今のは余談だった。話を続けよう。

 僕が勇者に権能の割譲を提案した理由は大きく2つ。

 1つは、マサキの勝率を少しでも高くするためだ。先ほど、マサキの実力は「四大領主」並みだと言ったが、魔王に勝利するための確実性の担保が欲しかった。マサキの実力は確かであったが、それ以上に魔王の脅威は未知数だった」

「でもでも、それで他の領主も協力してくれたんでしょう?」

「「協力」と言っても、権能を、思いを託すだけだった、か。つまるところ、その「マサキ」とかいう勇者に厄介ごとを押し付けて死線に向かわせたわけだ。

 その「未知数の強敵」とやらの元へ」


 リュージーンは庇うマリーの言葉を気にも留めず、厳しい指摘をした。刺々しい言葉の節々に嫌味の色はなく、参謀としての厳しい意味があった。


「ちょっとリュージーン! その言い方はないんじゃないの!」

「待ってくれマリー。リュージーンの言う通りだとも。さっきも言ったが、理由は2つある。

 もう1つの理由が、今まさにリュージーンが言ったことに関係する」

「セーネ……」


 覚悟を決めたセーネは何も恐れない。厳しい指摘も批難も甘んじて受け止めて、真正面から言葉を紡ぐ。


「僕は、いや僕たちは、マサキに重荷を背負わせたまま戦場へ送り出したんだ。僕たち「四大領主」が共に戦場に向かうことはなかった。それぞれがそれぞれの領域可愛さに、その座に居座って自分たちの城から出なかった。

 自らが領域を離れたとき、他の領域から狙われるのではないか? 「四大領主」でなくとも、他の領域の危機に晒される。得体の知れない相手に対応するリスクを僕たちは測り違えたんだ。

 その結果が、「魔王の勝利」だ。「勇者の敗北」ではなくとも、僕たちは敗北したんだ。

 その後の話は皆知っていることだろう」


 そう言ってセーネは幕を下ろした。乾いた口にヨク茶を含み、喉を鳴らして潤いを戻す。


「その勇者を、太陽神は連れて来いと言っている。それは果たして可能なのか?」

「……限りなく不可能だろう。この200年の間、マサキに関する情報は噂一つもなかった。

 彼を探し出すという挑戦をするにしても、どれだけの時間がかかるか分からない。そして得られる結果が、「最悪」のものになることだって十分に有り得るだろうね」


 セーネはそう言って渋い顔をした。その言葉に含まれた意味を十分に理解し、道周たちは言葉を失う。

 打開案を閃けずに重たい空気が流れ、堪え切れなくなったフゥが席を立った。


「夕食の準備してきますねー……」


 気まずくなったフゥはお茶を濁してその場を去った。


「目下の方針は、太陽神の御眼鏡にかなう相手を用意することにしよう」

「文字通り「勇者」を連れて来るんじゃなくて、謎かけとして挑戦するんだね」

「そうだ。意図してかせずしてか、太陽神は失敗に対する罰則について言及をしなかった。この言質を逆手にとって、1度の失敗はしてやろうじゃないか」


 リュージーンは影の落ちた偏屈な顔で陰湿な笑い声を上げる。喉の奥から沸き上がる笑声は、かつての陰気なリザードマンそのものだった。


「卑怯だ」

「姑息です」

「清々しい下衆だね。本調子本調子」

「水を差すな黙ってろ」


 三拍子揃って下卑られたリュージーンは、野次を飛ばす者共を一蹴する。

 すると、セーネは手を挙げる。


「ならば、そちらは皆に任せてもいいかな?」

「セーネはどうするんだ?」

「僕は別で動いてもいいかな? ニシャサの外に出て、マサキの情報を洗い直してみる。

 スカーも言っていただろう。「テゲロ内に留まるのは代表者だけ」って。僕もその穴を突いて、少し自由に動いてみる。イクシラとグランツアイクの動向も把握しておきたいしね」

「セーネなら権能を使って簡単に移動できる。合理的だ」


 当面の作戦が固まった。

 打開策は見えなくとも、その暗闇の中で手探りで進み続ける。今の道周たちに打てる手はこれしかない。

 魔女同盟の戦いが始まった。

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