天上の美
橙色の逞しい竜角を振り上げ、テンバーは冷ややかな視線を送った。その先に捉えた道周たちと、その隣にいるリュージーンを見付けると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
侮蔑を受けたリュージーンが静かに耐えるはずもなく、勢いよくテンバーに噛み付いた。
「どうしてお前がここにいるんだよ。まさか鞍替えでもしたのか?」
「鞍替えは貴様の方ではないのか? 実父に捨てられたから敵に付く。どこまでも短絡的で恩知らずだ」
「そっちこそ、捨てた側だって言うのに、噛み付かれて痛かったら窮状を訴えるのは止めろ。そっちが仕掛けた喧嘩だろうが」
「ほう……。旅を経て言い返すだけの度胸は付いたか。しかし、吐いた唾は戻すなよ……」
そう言ったテンバーは、帯刀した黒剣の柄に手を添えた。テンバーの構え一つで、特務部隊の竜人たちも臨戦態勢に入った。阿吽の呼吸で武器に手を添えて陣形を整えた。
テンバー、もとい特務部隊との正面衝突も覚悟していた道周たちも、有無を言わさずに戦闘態勢に移行する。
魔剣を杖を、それぞれが武器を構えて火花を散らしている。
正しく一触即発の状態、緊張の汗が滴り落ちる。張り詰めた雰囲気の最中、生唾を飲む音が嫌に耳に付いた。
「神の御前である。これ以上の無礼は許さんぞ!」
怒涛の怒声が仲裁に入った。
図太い声で叫んだ精悍な近衛兵の青年は、魔女同盟と特務部隊の全員の視線を一身に受けて尚ひるまない。それどころか、檀上から勇敢な眼差しで睨み返した。
双角の兜と鋼の鎧を軽々と着こなす近衛兵は、真っ赤の瞳で一同にお達しを叫ぶ。
「ここは太陽神の謁見の間。例え誰であろうと、神の御前を汚すことは万死に値すると知れ」
鬼族の近衛兵は2メートル超えの巨躯に見合った獰猛な雄叫びを上げる。誇りにも似た芯のある声は、この場を納めるには十分すぎた。
「そのくらいにしておけイルビス。それ以上の恫喝は、主たる妾の品格が疑われてしまうだろう」
そして勇猛で獰猛な鬼族の側近を諫めるのは、玉座に腰かけて沈黙していた「太陽神」であった。天井から差し込む日差しで尊顔には影の落ちているが、怜悧で鈴の音のような心地よい声音で場を支配する。
太陽神は余裕と慈愛に満ちた微笑で腰を上げる。優美な一歩を踏み出して檀上から降りると、その顔が穏やかな日差しに照らされた。
「わ……。綺麗…………」
太陽神の尊顔を拝して、マリーが実直な感想を漏らす。マリーは辛うじてその感想を漏らしたが、他の者は一切合切が言葉も出ずに、その美貌に息を飲んでいた。
暖かな笑みを湛えたまま、その美脚を踏み出した。ただの歩みの一挙手一投足が美の結晶となる美女こそ、ニシャサの領主「太陽神」こそ「スカー・ザヘッド」である。
スカーは引き締まった腰から豊満な胸にかけて美しい曲線を描き、調和を図るようにしなやかな四肢を凛と伸ばす。日に焼けた浅黒い健康的な地肌を大胆に見せるように胸元が大きくはだけた衣服をまとい、その妖艶なスタイルを強調するように悠然と歩みを進める。
側近の兵を背後に引き連れ、スカーは檀上から道周たちと同じ高さまで降りる。踵の高いヒールを踏み鳴らし、腕を組んで目元を緩めた。
「妾の側近が失礼した。忠誠心・仕事ぶりともに優秀な奴ではあるが、真面目過ぎるのが玉に瑕でな。許してはくれないか?」
スカーの名を拝する美女は、物腰柔らかい口調で謝辞を述べる。しかし同時に、頭を垂れるでも腰を折るでもなく、決して誰にもへりくだらないという強い意志を感じた。
「こちらこそ無礼を」
「申し訳ございません」
太陽神スカー・ザヘッドの謝辞を無下にできるはずもなく、魔女同盟も特務部隊も武器を納める。そして片膝を着いて、この地の主に敬意を表した。
平和的な解決に満足したのか、スカーは子供のような笑顔を浮かべる。その表情一つ一つが天上の美を彷彿とさせ、その場の全員の視線を釘付けにした。
スカーは燃えるような深紅の長髪を靡かせ、金に輝く冠を日差しに輝かせる。そして青に染まる双眸で一同を見渡して提案をする。
「折角、魔王軍とそれに仇成す者が一堂に会したのだ。本題を始めるとしようではないか」
スカーの言葉に一同は仰々しく返事をする。片膝を着いたまま頭を垂れる最中、スカーの発言に道周たちは一つの疑問を抱える。
(テゲロで待ち構えていると踏んでいたテンバーたちが、すでに太陽神の元にいた理由はなんだ? 俺たちを迎撃するのではなく、要件は太陽神にあったのか……?)
道周の詮索など露知らず、特務部隊を率いる長であるテンバーがいの一番に口火を切った。
「では我々から。
我々魔王の領域「エヴァー」は、南の最大領域「ニシャサ」に対して恒久的な同盟の申し入れに参った次第でございます」
「「「「「っ!?」」」」」
道周の推理は最悪の形で的中した。予想もしていなかった事態の進行に、同盟側の空気が凍り付く。




