燃えるような日
「――――あぁ、荷物はここに。積み下ろしはさせるとも」
テゲロの市場に到着したムートン商会は、会長のアムウを筆頭に持ち込んだ荷物の積み下ろしを始めた。
アムウは市場の責任者と契約書を交わし、ダイナーが積み下ろしの指揮を執る。計5台の荷車から食料品や織物や漆器などの特産品が入った木箱を山積みにする。
荷台からどんどん搬出され、積まれていく木箱は、瞬く間に目線の高さにまで積み上がった。そしてその様は、まるで「何か」を隠すような形で視界を塞ぐ壁のようである。
「俺たちにできることはここまでです。皆様の無事を祈っているよ」
「ありがとう。何から何まで世話になって。何と礼を言ったらいいのか」
「構いませんとも。「魔女同盟」でしたか、今後とも我らムートン商会をご贔屓に」
ダイナーは礼を述べるセーネに対して、茶目っ気のある笑みで返した。そして同時に、セーネの後ろを抜き足差し足で進むマリーたちにも目配せをした。握った拳の親指を立て、言葉のないエールを送る。
マリーたちは満面の笑みと、同じくサムズアップで返答した。
「さぁ行こう」
ムートン商会に別れを告げ、セーネの先導で一同は市場を抜け出した。わざとらしく山積された木箱の間を抜け、息を殺して慎重に進む。
5人は忍び足で市場を抜ける。そして次に向かうのは、突き出した屋台の並ぶ大通りだ。人だかりに紛れ、最短ルートで太陽神の元へ行く。魔王軍に発見されたとしても、人ごみに紛れて逃げ切れると踏んだ。
亜人たちで溢れかえる人波を押し退けて、息を合わせて前進する。
「サボテンの和え物だよ! 一つどうだい?」
「スナトケゲの串焼き、今なら3本で50タール!」
「砂窯で焼いたガラスネックレスだよ。色はお好みのもの焼くよ!」
亜人たちの商魂が喧騒を呼ぶ。道すがら掛けられる声と鼻孔をくすぐる珍味の香、興味をそそる彩に後ろ髪を引かれながらも、太陽神の元へ急ぐ。
「こっちだ!」
「手を離さないで」
「くぅぅ、すいません。通ります!」
人ごみに紛れながら、5人は手を取り合って突き進む。ときには人の流れに逆行しながら、おしくらまんじゅうの要領で大通りを突き抜けた。
「……っぁ! 抜けた。皆着いて来ているかい?」
「ああ。何とか……」
大通りの人ごみを抜けた一同は、肩で呼吸をしながら点呼をした。予想以上の疲労を実感しながら、張り切って面を上げる。
「わぁ……! これが……!」
切れ切れの呼吸の中でも、マリーは瞳に写った建造物に感嘆の吐息漏らした。
マリーたち一行の前に現れたのは、太陽神が住まう居城であった。セーネはこの居城を「太陽神殿」と言ったか。その名にふさわしく、燃える太陽のような赤を基調に明色で染め上げられた建物からは、肌を刺す熱気と言葉にならない圧力を感じる。
ガーランドロフの宮殿のような派手さはないが、無言の圧力という点ではこちらに軍配ありだ。
「こりゃあ、凄いな……」
「ですです。何というか……、この中に「います」ね……」
リュージーンもソフィも、見上げた太陽神殿に言葉を失った。
その圧倒的な圧力に引き下がりながらも、震える膝に鞭を打って前へ押し進む。一行を先導して突き進んだのはセーネと道周だった。
「行こう。ここで止まっていられない」
「う、うん。そうだね!」
セーネの言葉にマリーも気丈に返す。胸の前で拳を握ってやる気を体現した。力を振り絞って太陽神殿まで続く目抜き通りを歩むと、荘厳に構えられた大門にぶつかった。
燃えるような紅の大門には、同じく燃えるような赤い兜を被る門番が佇んでいる。門の左右を挟むように仁王立ちする門番は、2メートルに及ぶ大男が2人。その男の額からは双角が生え揃い、仰々しい眼で同盟の一同を見下ろした。
「貴殿たちは?」
門番の1人が問い掛ける。その鋭い眼光に見覚えのあったソフィは、門番の正体に感付いた。
ソフィの頭をよぎったのは、イクシラで別れたシャーロットの面影だ。ソフィの養母たるシャーロットは生粋の鬼族であり、今目の前にしている大男の迫力はシャーロットのそれと同じである。
門番の正体を見破ったのはセーネも同じだった。同時に力強く視線をぶつけ、凛とした姿勢で言葉を返す。
「アポイントはないが、太陽王に謁見を伺いたい。「セーネ、もしくは白夜王が来た」と伝えてくれ。それで話は通じるはず――――」
「お待ちしておりました」
「「「っ!?」」」
門番の想定外の回答に、道周を始めとした面々は息を飲んだ。言葉の裏を、その真意を探ろうと思考を回すが、想定外の事態に答えは出ない。
「すまない。進ませてもらう」
焦りを感じた道周は門番を押し退け、事後承諾で大門を潜った。傍らに控えていたもう1人の門番が道周の阻喪に武器を構えるが、道周を通した門番がそれを諫めた。
その行動を了承と受け取りと、セーネたち4人を太陽神殿の敷地に脚を踏み入れる。
大門から伸びる石畳は、そのまま太陽神殿に続いている。しかし、その距離、目算で100メートル。速足であるけど遠くに控える神殿と、駆り立てられる不安にもどかしさを感じる。
これが余裕のある訪問であれば、豪華絢爛で色彩豊かな庭園を一巡して景色を楽しんでいただろう。咲き誇る花の彩りに、意匠の凝らした石柱など、この領域を押し込めたような光景は一日中眺めてたとしても飽きはしないだろう。
そして、道周たちの感受性はこの庭園を享受していただろうに、今となっては全くと言っていいほど眼中に入っていなかった。
100メートルほどの道を進んで辿り着いた神殿の扉は、意図してか開け放たれている。その扉の向こうには、玉座で待ち構える者の姿が見て取れた。
影となっていて顔や全貌は把握できないが、その者こそが「太陽神」であることはすぐに理解できた。
太陽神に足を踏み入れると、そこは太陽神との謁見の間であった。
そして、そこで道周たち「魔女同盟」を待っていたのは、
「ようやく来たか――――」
橙の竜角を振り上げ、漆黒の鎧を鳴らして振り返る。吊り上がった瞳からは容赦のない殺気を放ち、威風堂々たる姿勢で竜人の一団を率いる、道周とマリーの因縁の敵、テンバー・オータムが口火を切った。




