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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「恋慕とリンボのニシャサ」編
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好敵手の背中

 アムウが声を押し殺して、慎重に口に出した「特務部隊」という単語と、「テンバー・オータム」という名前。因縁のあるマリーとソフィは、険悪な面持ちでアムウに問い返した。


「本当にテンバーだったの? 見間違いじゃなくて?」

「仮にも特務部隊のリーダーです。そう易々と出てくるとは思えないのですが」

「こればかりは間違いないだろう。俺の部下が、飛び去る奴の姿を確認した」


 アムウの言葉に茶目っ気はなく、冗談を言っている様子はない。

 予想の外から飛び出た名前に、マリーたちは動揺を隠せない。

 一方で、テンバーとの接点を持たないセーネは、その男の危険性を測りあぐねていた。動揺するマリーたちの様子から、只者ではないとだけは分かった。

 そこへ、リュージーンとの喧嘩を終えた道周が合流した。軽く流した汗を拭いながら、久方ぶりに再会したアムウの顔を見付けて表情を明るくした。


「アムウさん。久しぶりですね。あの後、無事だったんですね」

「ミッチー。そのことなんだけど……」

「ん?」


 リュージーンをあしらい上機嫌な道周を、マリーが呼び止めた。道周は不思議そうに首を傾げると、マリーから話の一部始終を聞く。

 マリーから、アムウとの会話と得た情報を聞き終えると、道周は険しい表情を浮かべる。


「――――テンバー・オータムか。やっぱり、あの時に決着を着けておくべきだったか……」

「ねぇミチチカ。件の「テンバー・オータム」とやらは、そんなに強いのかい?」

「あぁ。俺が戦った時は部隊の指揮をしながらだったから本気じゃなかっただろう。それでも、俺の剣戟じゃ一撃も入れられなかった」

「……」


 沈み込んだ道周の言葉に、セーネは言葉を返すこともできなかった。道周の悔しさをおもんばかると同時に、道周の実力を以ってしても攻撃を受け付けなかったという強敵に鳥肌が立った。

 セーネは道周の強さを知っている。それはイクシラを支配していた夜王と渡り合い、超常の怪物ミノタウロスを倒したほどだ。

 決して偽りでも見せかけでもない強さを、上回るテンバーに興味が湧いた。


「でも、どうしてテンバーがニシャサに来たんだろう? 太陽神のいるテゲロに一直線だなんて、何か目的があるとしか思えないけど」


 マリーが原点に立ち返り、素朴な疑問を掲げた。


「恐らく、私たちを探しているのでしょう。アイリーンが持ち帰った情報から、先回りされたのかもしれません」

「それじゃあ、私たちの場所や動きが読まれているってこと!?」

「セーネとバルバボッサの共闘に、異世界人のミチチカとマリー……。次に太陽神に接触を計るのは容易に想像が着くかと。

 あの時、私が取り逃がしたばかりに……」


 ソフィは一瞬だけ悔しそうに下唇を噛み締めたが、すぐに表情を切り替えた。ソフィが次に視線を送ったのは、黙りこくって静聴している道周だった。


「ミチチカはどうお考えですか?」

「「どう」って、難しい質問だな」

「なんだか難しい顔をしていたので……」

「まあ、引っかかるところがあると言えばあるが、些細なことだ。俺の杞憂だろう」

「だったらいいのですが……」


 難しい顔をしていた道周だが、すぐにケロっとして顔を上げた。道周の表情には悩みや迷いなどはなく、テンバーを見据えた輝かしい表情を湛えている。

 道周と対照的に、心配そうな顔をしているのはマリーだった。テンバーとの因縁に特別なものを感じているマリーは、気負い不安そうに眉をひそめている。


「皆どうする? テンバーが先回りしているなら、私たちももっと先回りする? 準備して徹底抗戦?」

「まぁまぁ落ち着いて。今日はもう日が暮れる。砂漠の日没からの暗くなる早さを甘く見てはいけないよ」

「うっ……。了解です……」


 セーネに諫められてマリーはシュンと肩を落とした。しかし、そこから元気を取り戻す早さもマリーの美徳である。奮起してアムウに向き直り、整った敬礼を返した。


「ありがとうございます。アムウさんにはお世話になってばかりで、今度お買い物しますね」

「応よ。商人として、その恩返しが一番ありがてぇ!」


 一同はアムウに別れを告げ、明日からの道のりを協議する。路傍に投げ捨てられたリュージーンも辛うじて復帰し、5人総出の作戦会議が始まった。

 太陽が落ちたニシャサの大地には、瞬く間に夜の帳が降りた。すっかり夜になった大地は気温を奪い、昼間の暑すぎる陽気は跡も形もなくなって、すっかり身を潜めている。

 しかし、夜からが給水街の本番である。

 市場の人だかりは一層賑やかになり、酒豪たちが喧騒を担っている。

 場所を宿に変えた道周たちの作戦会議は早々に終わり、マリーを除く成人たちは酒盛りを始めたらしい。

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