忍び寄る影
「さぁ、辿り着きました。ここがニシャサ1の大都市「テゲロ」へ続く道標の街が1つ、「第6給水街」です!」
ダイナーの紹介文句に誘われて、道周たちは第6給水街を見渡した。
この街に至るまでの道程は、辺り一面が砂に覆われた大地であった。そんな砂塵の礫から街を守るように、給水街の周囲は高い防壁が張り巡らされている。
防壁の中に仕舞い込まれた街は、無数の旅人とそれを迎える土着の承認、ダイナーたちのように外部の物資を卸す行商人たちで賑やかであった。
所狭しと砂壁の平屋が林立し、その前には布の天幕を張った市場が設けられていた。
市場ではリュージーンで見慣れた蜥蜴の特徴を有したリザードマンたちや、羽毛を舞い上げて陽気な声を上げる半鳥半人の「ハーピィ」、腕に煌く鱗とヒレの張った手を振り上げる「魚人」といった、「亜人」と呼ばれる種族が商売をしている。
店先に並ぶ品々は砂漠で採れたサソリやトカゲなどのゲテモノに見える食べ物から、砂漠を抜けるには必要不可欠な避暑アイテムなど、土地柄をこれでもかと現した物品が並んでいた。
道周たちが市場の熱気に圧倒されていると、ダイナーが振り向き挨拶をする。
「では、俺たちは荷物の積み下ろしがあるので、この辺りで失礼します」
「本当にありがとうございました。おかげで、無事テゲロに到着できそうです」
「何の、この程度の案内であればいくらでも。セーネ嬢はムートン商会の常連様ですからね。
それに、テゲロへは、あと5つほど給水街を越えなければ到着しませんからね。道半ばというやつです。
どうしてもお礼がしたいと仰るのであれば、今後とも我らムートン商会をご贔屓に」
ダイナーは最後の最後で商人としての営業スマイルを残し、荷車を引く部下を連れて市場の人ごみに消えた。
「商魂たくましいとは、ああいうのを言うんだろうな」
「ちゃんと買い物しないとねー」
ダイナーを見送りながら、道周とマリーは関心の溜め息を吐いた。
給水街に到着してから落ち着きのないリュージーンは、先ほどからひっきりなしに市場を見回している。店頭に並ぶ人たちの顔と、ともに言葉を交わす人々の営みをまじまじと観察し、喉の奥で唸り声を上げる。
「何か興味のそそるものでもあったか?」
「いいや、そういうのじゃなえ。
俺の先祖も南の出身だって聞いていたからな。どんなものかと思って観察していたんだ」
「南の領域は「亜人」と呼ばれる種族が多いからね。リザードマンも亜人種の一つだから、何か感じるものがあるかもしれないね」
「と、思っていたんだがな。特段何も感じねえや」
「リュージーンが懐古に浸っているだと。気持ち悪い」
「何だとミチチカこの野郎!」
亜人たちの賑やかな市場にいても尚、この2人の喧嘩芸は健在である。体格で勝るはずのリュージーンが、腕っぷしで人間の道周に圧倒される。
それもリザードマンの前でリザードマンが気圧されているのだ。この光景ほど、皮肉なものはない。
そして2人の取っ組み合いの喧嘩に野次を飛ばすリザードマンたちは、道周に罵声を浴びせる……、ことはしない。逆に、圧倒されているリュージーンを詰るような言葉を飛ばし、道周を囃し立てる。
「そこだ! 投げろ!」
「やられっぱなしかよリザードマン!」
「ていうか、あの人間強いぞ!」
2人の素手喧嘩にはいつの間にか人だかりができていた。2人を囲むように出来上がった亜人のスクラムは、熱い歓声を上げて煽るような叫び声を上げる。
「あれ知り合い?」
「いや。僕の知らない人だ。ね、ソフィ?」
「ですです」
女子3人は白熱する男たちを知らん顔し、蚊帳の外から生暖かい眼差しを送り続けている。
一向に冷めやらぬ野良喧嘩の興行をまだかまだかと待っていると、マリーの肩を後ろから大きな手が叩いた。
「っ!?」
マリーは咄嗟に飛び跳ね、身を引いた。後ろから差し出された手に警戒心を最大まで高めたまま、厳しい眼差しを送ったが、目に飛び込んできた特徴的な耳にすぐさま笑みを溢した。
「ア……、アムウさん!」
「ようお嬢さん方、久しぶりだな!」
マリーたちを見付けたアムウは、頭頂部に生え揃うロバ耳をぴょこぴょこと動かし、喜びを実直に表現する。既知の顔と知ったマリーやソフィ、そして馴染みの深いセーネは朗らかに笑った。
「貴殿たちも来ていたとはな!」
「そうだよ。 ダイナーさんから聞いていないの?」
「ダイナーも来ているのか。それは知らなかった」
少し遊びすぎたか。とアムウは独り言を溢した。
マリーはそれを聞き逃したフリをして、アムウの話に耳を傾ける。
「あっちで盛り上がっているミチチカたちは放っておいていいのか?」
「あれは知らない人だよ」
「そ、そうか……。俺が言うのもなんだが、余り騒ぎは起こさない方がいいぞ」
「……と、言うと?」
アムウの含みのある物言いに、何かを察したセーネが問い掛けた。
アムウは返答の言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。
「聞いた話なのだが、先日この第6給水街に魔王軍が滞在していたようなんだ」
「えっ!?」
「魔王軍……?」
アムウの放った言葉に、一同は眉をひそめた。聞き捨てならない単語に反応せざるを得ず、警戒心がぐっと高まる。
しかし、アムウは険悪な表情のまま、周囲に悟られないように声を押し殺す。
「それも、ただの魔王軍じゃない。
「特務部隊」――――」
「「っ!?」」
アムウの言葉に大きなリアクションを示したのは、マリーとソフィだった。聞き覚えがあるなんてものではない。因縁の相手である。
魔王軍の中でも、戦闘に特化した竜人たちによって構成される少数精鋭の部隊は、かつて道周を追い込んだ仇敵である。
その特務部隊の中で最も警戒すべきなのは、特務部隊を率いる最強の竜人。
「テンバー・オータムの姿も確認された――――」




