一心不乱
「ま、迷った!
……かもしれない」
実直なセーネは高速で腰を折り頭を垂れる。荒らげた声の後に続く小さな呟きには、自責の念が詰め込められている。
「で、でも方角は分かっているんだよな! 道を見失っても、方角が分かっていれば辿り着けるんじゃないのか!?」
「そ、そうだね。
……ただ、日が暮れるまでに到着できるか分からない。知っているかもしれないけど、砂漠地帯の気温の落差は甘く見てはいけない。昼間の高温と夜間の低温で体調をやられることが最も怖いんだ」
「それじゃあ、セーネが先に給水街に行って助けを求めるってのはどうだ?」
遭難の事実を受けて焦りを見せるリュージーンが、閃いたように提案する。荒らげた声音で、柄にもなく下策を上げた。
「それは止めておいた方がいいだろうな。俺たちの居場所がはっきりと分からない以上、救援隊がいつ辿り着くか分からない。俺たちの体力が先にへばることだって十分に有り得る」
リュージーンの提案は、道周によって一蹴される。
「同様に、セーネやマリーに飛翔してもらって周囲を探るっていうのもなしだ。これだけの快晴と突き刺さるような日差し、こんがりと焼かれるだろうな」
「ぐ……、それもそうだな。俺としたことが迂闊だった」
「当然です。砂漠での遭難に危機感を抱いている証拠です」
長首をしおらしく垂れるリュージーンを、道周とソフィが励ました。しかし、激励の言葉は回り回ってセーネにブーメランしていることに、まだ気付かない。
意図的ではないとしても、言の葉の節々がセーネに突き刺さる。責任感が強いセーネが罪悪感に苛まれた結果、自棄を起こすのは自明の理であろう。
「本当に申し訳ない。
……こうなれば、僕が丸焼けになるしか!」
「ちょっと待ってい! 何も身を捧げることはない!」
「反省の証に丸焦げとか笑えないよ! 月の兎か!」
自暴自棄になったセーネは、白翼を広げて天を仰いだ。涙目をグッと堪え、奥歯を食い縛って膝を曲げる。
この場面でのセーネの犠牲はさすがに笑えない。リュージーンと道周は飛翔しようとするセーネに飛び掛かり、何とかして自棄を抑え込んだ。
それでも冷静さを欠いた、もとい羞恥心で昂ったセーネは止まらない。道周とリュージーンの拘束に抗い、「空間転移」の権能で脱出した。
「いいや、飛ぶね!」
「飛ぶな!」
「何で本気出しているんだよ!」
我を失ったセーネの暴走に、さすがの道周たちも手を焼いている。本気のセーネを、まさかこの場面で相手取るなんて想定外もいいところだろう。
道周はセーネの癖を見事に読み切った。「空間転移」して先でセーネの白い足首を掴み、地に足着いて地面に引き寄せる。
抵抗するセーネは揚力で無理矢理引き離そうとするが、腰を落とした道周は易々と持ち上がらない。地に根付いた樹木のように重く、強固な腰つきでセーネを捕えて離さない。
「少しは冷静になれ……!」
セーネの抵抗に奥歯を噛み締めながら、道周は気合いを入れた。発破をかけて全身でセーネを引き寄せ、墜ちるセーネを身体で抱き留めた。
セーネは道周の腕の中にいて尚、必死な抗議を続ける。
2人揃って地面を転がり、全身砂まみれになりながらも意見を主張し合う。
「ええい、離してくれミチチカ! 僕は責任を取らなければいけない。「白夜王」の名に賭けて!」
「賭けるな。冷静にならないと、突破できる難題も突破できないぞ!」
「そうだよ。セーネが皆の手を引いてくれなかったら、私たち今頃砂嵐の中だもの。感謝はすれど、批難なんてしないよ」
「…………」
道周とマリーの心からの説得の甲斐あり、セーネはようやく抵抗を止めた。我に返ったセーネは、つい先ほどまでの自暴自棄を思い返し紅潮する。道周の腕に顔を埋め、恥ずかしそうに顔を隠す。
「……済まない。大見得を切っただけに、僕としたことが取り乱してしまった」
セーネは白肌の面を耳まで真っ赤にして、言い訳のように呟いた。元々整った顔を持つセーネの紅顔が羞恥に染まると、それを見詰める道周とマリーの心を掴まないでいられようか。
(可愛いかよ)
(一生推せる)
二者二様の感想を胸に秘め、冷静になったセーネを開放する。
いつもの涼し気な顔を繕ったセーネは、真っ赤な耳を黒髪に隠して立ち上がった。
しかし、砂漠で遭難したという現状は何一つとして変わっていない。どうにか突破口を見つけ出さなければ、「太陽神」に謁見する前にくたばってしまう。
「どうにかして給水街の方角を見つけ出さないといけない……」
「ミッチー、太陽の角度から分からない?」
「うーん。今のおおよその時刻が分かれば方角は推測できるけど、砂漠を歩いてると時間の感覚がどうも……」
「やっぱり僕が飛ぶしか」
「「止めて!」」
セーネの悪戯な言葉にも、道周とマリーは真剣につっこんだ。思いの外、激しく叱咤されたセーネは苦笑いで誤魔化した。
八方塞がり四苦八苦、策を出しあぐねている一行の、遠くから声が掛けられる。
「――――おや? 見覚えがあると思えば、皆さんこんなところで何をしているのですか?」




