大砂漠
「ニシャサへ向かうまでの道すがら、「給水街」と呼ばれる宿泊町が設置されているんだ」
「給水街……?」
セーネが口にしたフレーズを、マリーがそのままオウム返しする。セーネは気を悪くする様子もなく、噛み砕いて説明を続ける。
「「給水街」と言っても、何も「水だけもらって終わり」ってわけじゃない。食料品の補充もできるし、砂漠の寒冷な夜を宿でやり過ごすことができる。旅人は日没に給水街に入り、明朝ニシャサを目指して旅を再開するのさ。
そして向かうは――――」
「次の給水街ってわけか」
「その通り。そうやって給水街を渡り歩いてニシャサを目指すのさ」
力説したセーネは、終了とともにふふんと鼻を鳴らしてお辞儀をする。ショーを終えたエンターテイナーのように深々と頭を下げ、4人の拍手を身に浴びる。
納得をしたマリーは大きく頷き、感慨深く溜め息を吐く。
「いわゆるセーブポイントだね。そんなものを用意しておいてくれるなんて、ニシャサの領主さんはいい人に違いない」
「そうだね。ニシャサの領主スカー・ザヘッド、別称「太陽神」の彼女は、決して悪い性分ではないだろう。
しかし、ね……」
そう言ってセーネは言葉を濁した。その瞳は遠く彼方を仰ぎ、現実逃避をするように虚ろを見詰めている。
(どれだけ曲者だって言うんだ……)
セーネの憐憫を垣間見た道周は、まだ見ぬ太陽神に悪寒が走った。
一同が遠くのニシャサに思いを馳せたとき、一陣の風が凪いだ。砂漠地帯特有の乾いた風がローブを揺らす。肌に触れるローブからざらついた砂の手触りが伝わり、唯一外界と接触する目元にも小さな砂の粒が侵入する。
「っ……」
完全防備とは言えない装いで、マリーは目に入った砂に瞳を閉じる。涙を浮かべ、瞳を擦り砂や塵を拭うと、快調とは言えない涙目を再び開く。
すると、視界一杯に細かな砂の嵐の最中にいた。
「うそ……。噂をすれば砂嵐!?」
驚嘆したマリーの声に、砂嵐の中から答えが返ってきた。
「皆その場を動かないで! じっとして、近くの人の手を取ってはぐれないようにするんだ!」
「了解!」
やはり頼れるのはセーネだ。慣れた対応で指示を出し、隣にいるマリーの手を取った。
その場で迅速に手を繋ぎ合い、5人全員で一本の鎖のような一体感を形成した。
「このまま砂嵐を抜けるよ! 大丈夫、方角は見失っていないとも」
セーネの先導で一行は前進する。
防塵のローブを纏っているとは言え、ほとんどのメンバーが本格的な砂嵐の経験はない。慣れない環境と砂嵐の中を、一歩ずつ着実に前進する。
「もう少しで、抜けられるはず……」
身体に叩き付ける砂塵に呻き声を漏らしながらも、一行はようやく砂嵐を突破した。
「ったぁ! 抜けたよ。存外突発的で小さな砂嵐だったようだ」
砂嵐を踏破したセーネは、安堵の声を上げる。繋いだ手の先を一瞥し、誰一人欠けていないことを確認した。ふと美顔に笑顔を湛える。
セーネの手を握り返したマリーも釣られて笑顔になる。突如として襲われた危機も安定的に乗り越えられるメンバーに、心強さを感じている。
「さぁ、張り切ってニシャサに、給水街に行こう!」
「おぉ!」
「おぉ……」
「おー!」
張り切ったマリーに続いて道周も声を上げる。脚が棒になりかけているリュージーンと元気漲るソフィも続いて拳を振り上げた。
「…………」
しかし、セーネの意気揚々とした合いの手は入らなかった。
不思議に思ったマリーたちはセーネを見詰めると、セーネのオーラが異様なことに気が付いた。ローブで目元以外が全く見えていないにも関わらず、セーネの顔が青ざめていくのがまざまざと分かる。
この刹那で、道周の脳裏に嫌な予感が迸った。
「ま、まさか……。セーネ、さん……?」
(察し)と言わんばかりに、道周の声は震える。その様子に吊られ、リュージーンも「あっ」と短く声を上げる。
「ま、迷った!
……かもしれない」




