喧騒、嵐を呼ぶ
「――――と、言うわけで、ただ今より魔王対策会議を行います。司会はわたくし、モニカが務めさせていただきます。
グランツアイク代表は、領主バルバボ」
「ちょっっっと、待てーーーい!」
モニカの円滑な司会進行を遮って、道周が机を叩いた。椅子を蹴倒して異議を叫び、不平不満を駄々漏らしにする。
立ち上がって避叫んだ道周の隣では、顔色の悪いソフィが同調して激しく同意していた。
道周はソフィの支援を受け、勢い付いて口数を増やす。
「俺たちがバルバボッサの風に運ばれて、あっちこっちでジャバウォックと戦って、それで何の労いもなしかよ! 労働基準法違反だ。休みと労いと報酬と休息を求める!」
「めるー!
私は特に労いを求めます!」
道周とソフィは足並みを揃えて反駁する。
「2人とも落ち着いて。ここで話がこじれると、もう終わりが見えないよ。休みが遠退くけど、いいのかな?」
「ぐぬぬ……」
「マリーの仰る通りですね……」
荒ぶる2人を諫めて、マリーが諫めた。
マリーのもっともな指摘に、怒り狂う2人もさすがに溜飲を下げる。
ようやく落ち着いた会議室の進行は、再びモニカに戻った。
「では改めて。
この場にいる皆様ご承知の通り、先日ナジュラで発生したガーランドロフの暴走及び、未知の怪物ジャバウォックの脅威は、魔王軍幹部アイリーンの関係がございました。この事件により、魔王が再び、他領域への侵攻を始めたと考えられます。
この「魔王対策会議」は、イクシラより派遣されたセーネを代表とする、仮称「魔王対抗軍」結成について審議する場となります」
「グランツアイク側からは、俺が代表だ。他の代表者を連れて来たかったが、ジャバウォックの討伐と復興作業が残っているので、今回はおれ1人だ。ま、グランツアイクの総意だと思ってもらって構わん。
モニカも同席しているからな! たはは!」
「なお、私は司会なのでグランツアイク側の助言はしませんわ。バルバボッサは全責任を感じて交渉に臨んでください」
「なっ!?」
司会進行のモニカは、あくまで中立の役割に徹する。の割には、モニカの言葉の節々にはバルバボッサへの手厳しさが感じられる。
「で、俺たちの番だな。
イクシラ代表はセーネ。俺たちはイクシラ側のゲストではあるが、イクシラの内政決定権は持たない。
マリー、ミチチカ、ソフィ、そして俺、リュージーンは同盟の交渉にのみ干渉することとする。
ちなみに、現イクシラ領主の夜王との同盟は締結済みだ」
「そういうことだ。義兄から、決定権は僕に一任されている。双方に有意義な同盟にしようじゃないか」
交渉テーブルで、各勢力のメンバーが顔を突き合わせた。互いに見知った顔でありながら、領域の今後を左右する大切な場面だ。その表情からは既知の優しさも手加減もない。
現在テーブルには3つの勢力が揃っている。
上座には司会進行役のモニカが位置し、その左右にバルバボッサとセーネが分かれて座る。
続くリュージーンたちはセーネの横に、リュージーン・道周・マリー・ソフィの順番で横一列に座っていた。
端から見れば「グランツアイク」と「イクシラ・同盟」の対峙であるが、全くその通りである。
それぞれが思惑を胸に秘める中、一番最初に口火を切ったのはバルバボッサであった。
「グランツアイクは先の事件に際して、改めて魔王に対する脅威を実感した。アイリーンが長らくナジュラに身を隠していたことも考えると、おれたちは束の間の平和に甘んじていたのかもしれないな」
バルバボッサの一言一句は自戒のように紡がれた。言の葉の矛先はバルバボッサ本人にも、そしてセーネたち大陸の住人にも向けられている。
「よって、グランツアイクは「魔王対抗軍」への参加を表明する」
「やった……!」
バルバボッサの堂々たる意思表示に、マリーが喜びの声を漏らした。セーネもリュージーンも至って平静を装っているが、とりあえずの帰着に喜びの色を隠しきれていない。
「やったねミッチー。これで一段落――――」
マリーは道周の耳元で喜色を露わに囁いた。
「ここからが本番だよ」
「……?」
しかし、道周の反応は、マリーとは対照的に険しい色を孕んでいた。道周は嬉しそうにするマリーには目もくれずに、言葉の真意を補足する。その眼差しは、以前交渉のテーブルへ向けられていた。
「まだ肝心なことが決まっていない。ここからがややこしいから俺は嫌なんだよな……。こういうのは、得意な奴に任せよう、そうしよう」
道周は愚痴にも似た文句を垂れる。その視線は、隣の席に着くリュージーンに注がれていた。
リュージーンは道周の視線の意図に気が付くことなく、目の前のバルバボッサを注目していた。
全員の視線を集める中、バルバボッサが腹の底に響く低音で語り出す。
「同盟の参加に際し、グランツアイクからは獣人たちで編成した部隊を提供する。もちろん、魔王との決戦となればおれだって出張ろう」
「僕たちイクシラも同様だ。領域内で募った魔族で兵団を組み、鋭意訓練中。決戦のときには僕も戦うし、可能であれば義兄だって向かわせよう」
バルバボッサの発言に対し、セーネが真っ直ぐに返す。2人の領主経験者が瞳の奥に宿す真意は、どうやら共通のものらしい。
無言のうちに考えを共有すると、2人は口角を吊り上げた。
「たはは! どうやらセーネ嬢もおれと同じ考えのようだ!」
「奇遇だね。僕も同じことを考えているだろう」
「グランツアイクと」
「イクシラで」
「「同盟を組もう!」」
天高く哄笑を上げるバルバボッサと、慎ましやかに微笑むセーネの声が重なった。対照的な雰囲気を放つ2人の意志は等しく、帰着は単純である。
息を揃えた2人は、揃ってリュージーンに視線を送る。
すると、出番を待っていたようにリュージーンが口火を切った。
「その同盟、俺たち「魔王対抗軍」が立ち合おう」
「それは助かる。これから共に戦線を往くのだ。その最前線を往く者たちならば信用できるというものだ」
リュージーンの申し出を、バルバボッサは豪快に快諾した。このバルバボッサの信頼を得ることこそ、先んじて道周たちがグランツアイクを訪れた理由であり、ナジュラの危機と戦った極論である。
道周たちの死闘が功を奏した。その結果として、ここに仮称「魔王対抗軍」が成立した。
そして、このことはセーネとの間では打ち合わせ済みの事態だ。了解はあらかじめ取ってある。
つまり、イクシラとグランツアイクの協力関係がここに確立された。というわけだ。もちろん、正式な同盟手続きがあるが一段落したといえる。
そこで立ち上がる問題は、この仮称「魔王対抗軍」の代表者だ。
2つの領域の同盟に、代表者の名前がないのはあり得ない。
では、誰が仮称「魔王対抗軍」の代表者足り得る存在であろうか?
魔王を倒すために先陣を切った道周か?
否。道周は敵を倒すための戦略・謀略の立案は得意であるが、政略は大の苦手である。何せ経験値が圧倒的に不足している。
では、政略に長けたリュージーンであろうか?
否。リュージーンでは圧倒的に不足しているものがある。信頼だ。
では、セーネではどうであろうか?
否。セーネはイクシラの相談役である。複数の領域が集合する同盟で、一つの領域の幹部を代表に据えることは悪手であろう。
同じ理由から、バルバボッサやモニカも選択肢から除外される。
では、選択肢として誰が残っているだろうか?
ふと首を傾げたとき、リュージーンがしたり顔で微笑を浮かべた。おもむろに挙手をすると、マリーと視線が交わる。
「一つ提案があるのだが……」
「?」
マリーはリュージーンの真意を知る由もなく、純朴な疑問符を浮かべる。
リュージーンは意地悪な笑みを湛えたまま、胸の奥に温めていた案を出す。
「いつまでも「魔王対抗軍」なんて名前じゃ、この同盟も締まりがないだろう?
俺が提案する新しい名前なんだが、「魔女同盟」なんてどうだろうか?」
その言葉を受けたとき、マリーはハッとした。リュージーンと交わった視線の意味、浮かべた微笑、全ての点が線で繋がった。
「え……、えぇー!?」
マリーの阿鼻叫喚が木霊する。




