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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
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その後の大地

 疲労困憊の身体は、生存本能に従い休息を求めた。それは夢の一つもみることのない、完全なまでの棍髄である。

 いつの間にか眠りに着いていたマリーは、目覚めた瞬間に首を傾げる。


(私はそうして、いつの間に、どのくらいの間眠っていたんだろう……)


 木の香りが漂うベットの上で、羽毛布団に顔をうずめた。布団に包まれる温かみに微睡みながら、マリーは心地よい惰眠に意識を預けようと決心した。

 マリーの瞼は重たく、意識のほとんどが現実から乖離したとき、隣の病床から声が掛けられた。


「おはようマリー。お目覚めの気分はいかがかな?」

「もう最っっっ高に起きた」


 起き抜けのマリーを覗き込むセーネは、目も覚めるような微笑を湛えていた。そのシーンを絵画に降ろしたなら、きっと後世に語り継がれる名画になっていただろう。

 特に、マリーにとってセーネの紅顔は大好物である。

 セーネの美しい笑みに触れ、マリーは血眼になって笑顔を剥き出した。

 セーネはマリーの予想通りのリアクションに喜色を見せる。そして包帯を巻いた身体を押して、マリーの寝るベッドに腰かけた。


「ミチチカやソフィたちは、バルボーの手伝いで駆り出されていてね。申し訳ないけど、お目覚めは僕一人だけだ」

「むしろセーネが残っていてくれて安心したよ。

 ところでミッチーたちは何を手伝っているの?」

「グランツアイク中に溢れた怪物、「ジャバウォック」と言ったかな。それの討伐だよ。

 僕も手伝えたなら手っ取り早かったのだけれど、ミチチカに止められてね。この通りお留守番だよ」

「ミッチーグッジョブ」


 マリーは遠方で汗水流す道周に、盛大な謝意を送信した。目の前のセーネにも聞き取れないほど小さな呟きは、もちろん道周に届いていない。

 しかしマリーはいつになく冷静だった。セーネの不思議そうな眼差しに気が付くと、わざとらしい咳払いをして表情を取り繕った。そして、何事もなかったかのように話題を揺り戻した。


「……で、「ジャバウォック」とか言う怪物な一体何だったの? さすがにグランツアイクの獣人ではないでしょ?」

「そのことで、一度マリーたちと僕たちの間で情報の共有をしておきたかったんだ。僕たち仲間の間で意識が違っていたら、これからの話にも齟齬が生まれてしまうからね」

「できるだけ簡単に、かつ分かりやすく説明お願いします」


 マリーはしげしげと頭を垂れた。ベッドに脚を潜り込ませて、起こした上半身をセーネに向ける。

 すると病床の並んだ部屋のカーテンが開かれ、病室には似合わない豪快な笑い声でバルバボッサが登場した。扉に引っかかる牛角を提げて入室した大柄の獣人は、マリーたちの顔を見付けるや否や、ニイと口角を吊り上げた。


「おうおうおうおう! ようやく目覚めたかマリー! 丸3日も寝ていりゃ、体調は万全か? そうか万全か!」


 バルバボッサは、病室にマリーとセーネしかいないことをいいことに、我慢をせずに笑い飛ばした。巨体を揺らした豪快な物言いは、病室内で反響して起き抜けのマリーの鼓膜を大きく揺らす。

 バルバボッサに悪びれる様子がないのは、悪いことではないと思っているからだ。グランツアイクの、そしてナジュラの危機を救った英雄の目覚めを豪快に祝うことを、バルバボッサは全力で執り行うだけである。

 その善意を、マリーもセーネも無下に断ることはできなかった。

 病室で反響する大声に青筋を立てながら、必死に笑顔を作ってバルバボッサを迎え入れる。


「少しは静かに言葉を発せないのですか、貴方は!?」


 スパーン――――!!


 すると、後に続くモニカ見えた。垣間見えたモニカの表情は修羅のような怒りの相を構えており、美しい顔筋も鬼気迫るものがある。

 モニカは怒りの形相そのままに、バルバボッサの頭を跳んで叩いた。バルバボッサの鐘声を上回るほどの快音が病室に木霊する。

 頭蓋骨が割れたのではいか、と思ってしまう快音に、マリーは顔をしかめた。隣のセーネも驚きの余り言葉を失っていると、捲し立てるように既知の顔が現れた。


「喧しいのは放っておくとして、2人とも、具合は良さそうだな」


 顔を覗かせたリュージーンは、戯れる2人の間を器用に通り抜けてきた。どこか機嫌の良さそうなリュージーンは、マリーたちの病床の傍らに立つ。


「私は元気だよ。っていうか、どうして爆睡していたのか私が聞きたいくらいだよ」


 マリーは返答ついでに素朴な疑問を投げ掛けた。確かに重傷を負ったセーネはともかく、ミノタウロスに快勝したマリーの方が昏睡しているのは謎である。

 マリーの疑問に答えたのはセーネであった。


「マリーは魔法のキャパオーバーだね。マリーの魔法に身体が耐え切れず、疲労という形で反動を受けたんだ」


 セーネの言葉を受けて、マリーの脳裏にはモコの姿が脳裏に過った。ジャバウォックを相手にしたモコは、才器を超えた魔法に重傷を負った。その光景に悪寒が走り、血の気が引いた。

 セーネはマリーの不安を察し、すぐさまフォローの言葉を続ける。


「でも身体に異変はないのなら心配ないよ。寝起きに全力ダッシュしたら心臓が跳ね上がるだろ? その感じで、慣れない身体に疲労が襲ってきたんだ」

「要は訓練でどうにでもなるってことだ。

 それよりも、大事な話があるんだ。立てるな?」

「うん。今からその話をしようとしていたところだよ」


 リュージーンはマリーの了解を得ると、満足そうに頷いた。

 このやり取りを耳にしたバルバボッサとモニカは、冷静さを取り戻して話題に参加する。


「そうそう、その話をしに来たんだった!」

「そうですよ。わたくしはバルボーと口論しに来たのではありません!」


 2人は騒がしいことを悪びれる様子はない。自分たちの行いを反省する様子はない。重ね重ね言うが、この2人に悪気はないのだ。

 話題が元の鞘に戻ったことに安堵し、リュージーンはマリーに手を差し出した。


「じゃあ、早速移動するか。

 ミチチカとソフィも別の会議室に待機している」

「了解!」


 マリーはリュージーンの手を取って、明朗快活な返事をした。そして元気一杯に立ち上がると、枕元に置かれた着替えを手に取った。

 フロンティア大陸に来て以来着込んでいるシャツを羽織ると、扉で待つバルバボッサとモニカの元に歩んだ。


「さぁ、行こう!」


 マリーの跡にセーネとリュージーンが続いた。バルバボッサによる先導で廊下を歩き、見慣れない建物をずかずかと闊歩する。

 見慣れない景色にものものしい雰囲気の中でも、マリーは凛と背筋を正す。そして、何の気なしに気にかかったことを口にする。


「……で、どうしてミッチーとソフィは別室なの?」

「ジャバウォック狩りでグランツアイクを走り回ってお疲れなのです。バルボーがこき使うから」

「あの2人は働き者だったぞ。本陣に籠って陣頭指揮を乗っ取ったリュージーンよりは、素直に働いてくれたな。たはは!」


 モニカとバルバボッサの言葉で、リュージーンに避難の視線が集まった。

 当のリュージーンは我関せずと、吹けもしない口笛を吹いていた。

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